闇に埋もれたガンダム秘話
2019/04/01先日NHKの「ガンダム誕生秘話」を見た。
関係者達のインタビューも踏まえ、興味深く視聴した。
当時は筆者も初期シリーズのガンダムに少しだけ関わった。しかし、この俺の話は原作者の富野さんや安彦さんでさえ知らないガンダム秘話だ。
俺の青春時代に経験した、暗黒時代のガンダムにまつわる秘話だ。そこでタイトルを「闇に埋もれたガンダム秘話」と命名した。
NHK放送のガンダム誕生秘話では、最後の頃は番組の打ち切りも含め、サンライズスタジオでは大変だったとのこと。
実はある下請けの作画プロダクションでも、この頃に大きな騒動が巻き起こっていた。
当時その会社はガンダムの、原画、動画を含めた作画の一話分を請け負っていた。
ところが、このアニメスタジオで、ガンダムの作画の真っ最中にスタッフ全員が逃走するという前代未聞の騒動が起こってしまった。
当時俺はその会社に居た。「あの事件」からしばらく経った出来事だった。
その加害者達はすでに会社を辞めていて、加害者で残っているのは社長兄弟だけだった。
原因はその下請け会社の社長が度々引き起こす、業界でも有名な地獄のミーティングだった。
その社長のミーティングはまともじゃなかった。初期のガンダムの原画を描いていた太鼓さん(仮名)や細胞君も散々な被害に陥っていた。太鼓さんは社長から度々呼び出しを受けて、社長から「悪魔!」と怒号を浴び続けていた。また原画の細胞君も度々人格否定のパワハラを受けていた。動画陣も例外に漏れず同様に度々徹夜のミーティングに参加させられていた。
おそらくこの当時は、週の三分の一ぐらいは地獄のミーティングに費やされていた。そのミーティング内容も、延々と続く人間否定の個人攻撃だけだった…
そういった状況で、みんな仕事にはならず、地獄のミーティングで失われる収入も会社からは保証されなかった。
みんな地獄のミーティングに脅え、身も心も疲弊していた。そんな異常な状態だった。
この会社のガンダムスタッフは、それまで何本かの話数をこなしてるはずなのに、ガンダムの話の内容など殆ど覚えていない。
過去の話じゃない。リアルタイムで作画している当時の話だ。
スタッフは仕事以外の問題で、いつも頭を悩ませていて、頭の中はその問題から回避する事しか考えていなかった。
作業の方もみんな疲れ果て、原画マンはキャラを似せる事だけしか考えられず、その絵には何の感情も入らなかった。また動画マンもただただ絵の線だけを追い続け、機械のような流れ作業の連続だった。
番組で安彦さんが、「入院中は何かが違っていて、怖くてまともに見られなかった。」と言うコメントもうなずける。
ガンダムの劇中で、アムロレイ達が戦っている最中、俺達はホワイトベースならぬ、ブラックベースの中で終わりの無い精神的苦痛だけと戦っていた。
社長の支離滅裂なパワハラと暴挙は、入って間もない新人も例外ではなかった。
社長が気に入らない新人が居れば、社長はその新人まで地獄のミーティングで吊し上げた。
だが、そのキッカケや原因すら、決して自分では作らない。
会社に所属するアニメーターを利用して、そのキッカケを作るのだ。
静まり返った仕事中のスタジオで、突然社内のアニメーターが大声で叫ぶ。「もう、この新人と仕事するのは嫌ですよお~!」(これは社長の指示なのだ)
その声を聞きつけて、奥の部屋から社長が登場する。
そして自分は無関係である事を装いながら、社長「君は何か問題がありそうだから、話しをしようか。」と、先輩アニメーターと一緒に別室へ向かう。
あまりにも不自然な出来事に、作為的なものを感じた他の新人も不安になっていく。
別室に連れて行かれた新人は、そこから徹夜の地獄のミーティングが始まる。捕らわれた人間は数々の人間否定の暴言と恫喝で、散々イジメぬいて退社に追い込んでいく。
決してただではクビにしない。そのうえ、そのキッカケや理由さえも他人に作らせ、最後はターゲットの精神をボロボロにして退社に追い込む…それが社長の常套手段だった。
ただ俺は黙って手をこまねいていたわけではなかった。何とかしようと俺なりに努力はしていた。
当時会社で一番の古株だった俺は、社長の機嫌のいい時に、それなりに進言してみたが無駄だった。
この頃の俺は、まだ社長に対して、人として全ての望みを捨てていたわけではなかった。
社長は俺に対しては少し寛大だった。俺に不満があっても完全にキレる事は無かった。会社が桜台にあった頃に、俺に罪を犯させた引け目があったのだろう。と言うよりも俺に対しては自分の敵ではないと感じ取っていたのかも知れない。
当時こんな事があった。長引くミーティングの最中に俺がスタッフに、「そろそろ飯の時間だから、飯でも食いにいかない?」と声をかけた。
すると社長が憤慨して、「もう話しても無駄だな!」とすねてスタジオを出て行ってしまった。
原画の太鼓さんが言う。「社長は柳田さんには寛容だよね。俺が言ってたらどうなってたかわからないよ…」
結果的にその時のミーティングはそれで終わったが、すでに社長とスタッフとの信頼関係は完全に失われていた。この時の社長の発した「もう話しても無駄だな!」のセリフは、スタッフ間でのギャグとなってウケた。もちろん社長が居ない所での話だ。
俺「このままじゃ、みんな辞めて行ってしまいますよ。」俺のそんな言葉も社長は耳を貸さなかった。地獄のミーティングは繰り返され、それが原因で多くのアニメーターがここを去って行った。
そんなある日、動画の高前君(仮名)が、苦渋の表情で俺に相談しに来た。
高前「僕、もうこんな役目は嫌ですよぉ…」
お人好しで、頼み事が断れない高前君は、いつも社長から嫌な事ばかりやらされていた。
新人を辞めさせる雄叫びも、高前君の役目だった。
そんな社長の異常なパワハラに、当時のガンダムスタッフは、口を揃えて社長の違法薬物使用を疑っていた。
実際にどうだったのかはわからない。その支離滅裂な奇怪な言動に、スタッフは恐怖さえ感じていた。
連日続く終わりのないミーティングに、危機感を感じたガンダムスタッフは、いつしか集まって話し合うようになった。その結束は自然に固まり、強固なものになっていく。
S君「あれは絶対にやってますよ。」
T君「睡眠取らなくても平気なんですからね。」
O君「ミーティングの最中にトイレに行って、何やら薬を飲んで来ると元気になるんですからね。」
Y君「よく命を狙われてるとか、幻聴も凄いですよね。」
高前君「僕なんか社長の親族会議に参加させられて、両親や弟夫婦が保険金目当てで、自分を殺そうとしてると、親族を罵倒してる姿を目の前で見ましたからねぇ…」
こんなことから、当時のガンダムスタッフの間から、社長の呼び名は「狂人」となっていく。
そんなスタッフの苦痛と怒りがピークに達した頃、今後の事を話し合うようになっていった。この時のリーダーが俺だった。
俺「もうこのままじゃダメだ。そのうちまた大事件が起こる。」
原画の太鼓さんが、社長から「悪魔」と怒鳴られるようになった時から、俺はみんなに全てを話していた。
過去の忌まわしい事件から、社長の抑える事の出来ない狂気の沙汰を全部ぶちまけた。
そんな話の中、太鼓さんが口火を切った。太鼓「どうせ辞めるんだったら、みんなで辞めようぜ。」
俺「普通になんか辞められないよ、いっそのことトンズラしちまおうか。」俺の開き直りのその言葉に全員が賛同した。
全員がそれまで会社で作業した賃金を捨ててしまうが、みんなそれでも良かった。
この時の全員の結束力は凄かった。それまでみんな会社で亡霊のように仕事をしていたのに、生き返ってまるで宝くじが当たったかのように気が大きくなった。
H君「何が社長だあ! 逃げちまったらこっちの勝ちだあ~!」
K君「どっちが悪魔顔だ! 」
S君「そうそう、あの眼だぜえ~」の言葉と顔マネに一同ドッと湧いた。
みんなタレントの柳沢慎吾のように機関銃トークが飛び出し、この世の春が訪れたような瞬間だった。
あたかも高校球児が甲子園で優勝したような、この時の団結力と開放感は今も忘れない。
そして、決行する日を決めてガンダムスタッフ「全員」がこの会社を逃走した。正確に言うならば動画の新人の一人だけが会社に残った。
この逃走劇で、この会社のガンダム班が頓挫して、作画が出来ない分はサンライズに戻して処理してもらったようだった。
NHKのガンダム誕生秘話を見ていて、安彦さんが病気で入院して、サンライズが大変な時期に、俺達が仕出かした事に後ろめたさを感じた…
だが当時は、誰も他の方法は見いだせなかった…
富野さんや安彦さんも、ガンダムの下請け会社の裏側で、こんな馬鹿げた騒動があったとは思ってもいないだろう。
虫プロ時代からの流れを組むこの社長は、今も元気に会社を経営している。そして社長兄弟の話によれば、サンライズの会長とは今も親密な関係だと、そう吹聴している。
その後、このガンダムスタッフが居なくなった一年後ぐらいに、この会社の社長にとって、理想の闇組織が完成する。
社長のいいなりのスタッフが出来上がり、犯罪担当の手下も次々に誕生していく。辞めた人間に対しての数々の嫌がらせ電話の嵐。それは辞めた当人だけではなく、その親族にまで及んだ。中にはノイローゼで入院する親族も出た。
俺がそれを社長の指示だと言い切るのは、後にそういった事をやらされたという人間達の数々の証言によるものだ。
また社長の保険金事件に巻き込まれた高前君は、社長の手下から様々な嫌がらせを受ける事になる。毎日社長の手下達が自宅に乗り込んで、脅し紛いの怒号の暴言。警察を呼んでも決して手下達は怯まない。逆に「警察は悪魔の味方かあ!」と警察に食ってかかる始末。もはや洗脳されているとしか思えない…
そして高前君は留守中に何者かによって、ドアの鍵穴を瞬間接着剤で固められ、警察の捜査でも犯人の指紋は出ず、彼は恐怖を感じて引っ越して行った。
また俺も真夜中に訪れた、得体の知れない人物に手を掴まれて焦った事もある。(本文・居田桑君へ参照)
そんな被害を言い出したらキリがない。特に元ガンダムスタッフ逹に起こった数々の災難は異常なものだった。
ガンダムファンには申し訳ないが、ガンダムのスタッフでありながら、ガンダムに何の感情も無く、亡霊のように作業していた若者達がいたことも事実なのだ。
ちなみに、この社長、ダイターン3での富野さんとの打ち合わせの後に会社に戻ってくるなり、こんな事を言っていた。
社長「富野さんが言うんだよ。主人公の波乱万丈の性格は、ルパンみたいな性格だって。だから言ってやったんだよ。そんな猿真似なんてくだらないって。」
他人には厳しく自分には甘い…
社長「俺はなんでか、富野には嫌われてるんだ。なんでだろ?…」自分の失礼な言動も忘れてしまう…
一番忘れて欲しいのは、辞めて行った数多くのアニメーターの存在だ。
いつ災難が訪れるかわからない。現在も社長の言いなりの手下が居るのもわかっている。そして会社に問題があっても、誰も他人事で傍観している。
この話はガンダムに泥を塗るようで、関係者とファンには申し訳ないが、ガンダムに罪が無いのはわかっている。
だがこれはガンダムの番外編の裏歴史なのだ。そしてこれらはれっきとしたアニメ界の史実のひとつなのだ。
赤村プロの俺達は、ガンダムのように燃え上がれなかった…
出来れば、他のスタッフのように燃えたかった…
闇に埋もれたガンダム秘話・完