戦後間もない頃、戦争未亡人が三人の子供を連れて、田舎の村に逃れてきた。そして田舎の神主と出会って再婚した。

その未亡人の連れ子の中に「次男」という幼い子供がいた。
その次男が小学生になると、子供の授からない母親の妹の所に養子に出された。

江戸太神楽の家元を継ぐ為にである。
そして幼い頃から厳しい芸の鍛錬に明け暮れて、やがて家元を継いだ。

それが俺の兄、丸一仙翁(まるいちせんおう)だ。

俺の父親は再婚相手だから、兄とは半分の血しかつながってない。

そんな丸一仙翁という、一人の人間を想像すると悲しくなる。
時代と運命に翻弄され、自分の意志とは関係なく、普通の人生を歩めなかったからだ。

生まれた時は稲見次男。再婚してからは柳田次男。そして養子に行ってからは生駒次男となった。
最初の芸名は鏡味仙寿朗。次が鏡味小仙。そして丸一仙翁と、芸名も含めれば何度も名前が変わっている。

聞けば芸の鍛錬は生易しいものじゃなかったらしい…

朝早くから起こされて芸の練習。学校から帰っても遊ぶことは許されず、否応なく毎日芸の練習をさせられた。
失敗すれば叩かれ、食事も抜かれ、「食うという本能」だけで芸を身に付けたようだ。

さながら「巨人の星」の星飛雄馬を彷彿させるようだが、飛雄馬はまだいい。偏屈だが実の父と優しい姉がいた。

兄の次男の場合は、里心が付かないよう、「お前は捨てられたんだ。」と言われて、精神的にも辛い日々を送ったようだ。
母親と養子先の伯母との取り決めで、成人するまでは実の母親とも会わせてもらえなかった。

心の中はいつもひとりぼっちだったろう…

俺には想像も出来ない世界だ。

母が他界した時、遺品の中から、母親に宛てた兄の手紙や葉書が、何通も見つかった。離れて暮らす弟逹に宛てたメッセージもあった。

それは初めて目にするものだった。
母は兄からの手紙を誰にも見せなかった。それをどんな思いで読んだのだろう…

俺はただ想像するだけで、本人にしかわからない。

俺の母親は厳しかった。よく叩かれた。だから俺は子供の頃は、母親が大嫌いだった。
大人になってから、母親の気持ちが、やっと理解できるようになった。

これもひとつのドラマ。
バーチャルじゃないアナログのドラマだ。

兄の芸はアナログだ。昨今のバーチャルもいいけれど、最後はアナログが一番強いんだって信じたい。

そんな気持ちが俺の心の奥底にある。
いつかそんな物語を表現したいと思っている。

夢があるから俺は元気。叶わなくてもその過程に意義がある。

温かな家庭も知らず、孤独に生きた兄の人生を想像すれば、今の俺の貧乏なんか、ごくごくちっぽけなもの。

金は無いけど、精神だけは大金持ちだ。

雑草達から毎日刺激的なアドレナリン貰って、今日もドン・キホーテは驀進中!!



         「遠い過去」