頑張れ新人!

                                                                                                           2014/08/05





雑草プロの今年の4月に入って来た新人達の平均月収は、「二万六千円」だ。そこから一割源泉されるから二万五千円にも満たない。

中にはひと月の定期代が二万六千円かかる人間も居るから完全な赤字だ。
定期代を浮かす為に二駅歩いて出勤している人間も居る。

そのうえ鉛筆も含め、文具類は自腹だ。完全ノルマ制だから、もちろんボーナスや保証なども一切無い。

今現在は8月だから、彼等のアニメーターとしてのキャリアはまだ5ヶ月だ。

彼等は毎日朝10時に出勤してきて、夜の10時ぐらいまでは作業している。
一日の間に昼休みと夜休みが各一時間ずつあるが、それでも一日10時間は作業している事になる。

彼等が手取りで10万円稼げるようになるのは、あと一年はかかるだろう。これが現実。

今現在ここに居る人間で問題のある人間は少ない。仕事での問題はあるが、それは仕方ない。
今はみんな真面目に取り組んでいるが、そのうちもっと大きな問題にぶつかることだろう。
アニメーターだって人の子。各自それぞれ、いろんな悩みがある。それを乗り越えられない人間は、人格まで変わってしまう。

俺がフリーで仕事をしていた頃、この雑草プロに石上君(仮名)という青年が居た。
俺がたまに遊びに来ると、その石上君は、にこやかな笑顔で挨拶をしてくれていた。

ところが、数年前に俺がここに戻って来た時には、彼は別人に変貌していた。
挨拶はしないし、言葉も話さない。制作の人間とさえ筆談だ。

しばらくして彼は外注になってしまった。

彼はベテランの動画マンだったし、俺は残念だった。
彼の経験を生かして、何人かの人間の面倒をみて欲しかったし、最初の頃の彼に戻って欲しかった。

会社と何があったかわからないが、俺は会社の反対を押し切って、彼を呼び戻すことにした。
だが彼の凍ってしまった心は解けなかった。俺と会う事も拒否して、人を介して何度も交渉したが徒労に終わった。俺を会社側の人間だと勘違いしたのか、会うことさえ拒んだ。

会社側から、「アイツには仕事は出すな」という指令に背いて、彼を守りながら一番評価していたのは俺だった。彼のキャリアと腕はもったいなかったし、いつか再生して頑張って欲しかった。
何が彼をそうさせたかわからないが、結果的に彼は弱い人間だった。

人格を変えてスネるぐらいなら、何故戦わない?
自分が正しいと思ったら戦えばいい。
全てを周りのせいにして何故逃げる?

僕はこんなにスネてんだぞぉ~って、子供じみた事してるのと変わらない。俺はとてもじゃないが、恥ずかしくて出来ない。
生きてる以上、誰だって問題は抱えてる。
お金の問題、対人関係、家族の問題、恋愛問題などなど様々だ。

弱い人間は「ゾンビ化」する。悲劇のヒロインを演じてしまうのだ。
そんな人間をアニメ界で数多く見てきた。

俺だってゾンビ化しそうになった時もある。だが周りには悟られないようにしていた。
悟られると、なかなか元に戻れない。コロコロ人格が変わるようじゃ尚更、人として恥ずかしい。

悩まない人間なんて居やしない。ただ会社という組織に居る以上、それを撒き散らしたら駄目だ。

この雑草プロでは中の人間がゾンビ化しないように、いつも俺が目を光らせてる。
いつか上達して、この墓場から巣立って行って欲しい。

頑張れ新人!