カッコウの卵

                                                                                                           2014/08/14





昔は何でも描けるのがアニメーターだと言われたが、今は違う。

作品も多様化して、絵柄の違いで得て不得手が出てくる。
美少女ものが得意、アクションものが得意、などなど得意分野が様々だ。

中にはメカしか描けないアニメーターもいる。
サンライズ作品で作画監督を経験したアニメーターでも、絵柄が合わずアンパンマンの仕事を、切られてしまった事だってある。

要は絵柄が作品に合うか合わないかだ。何でも描けるアニメーターなんて、なかなかいない。

今のアニメは世間的にスタジオジブリがメジャーだ。
ごく一般の普通の人は、ジブリ以外は格下だと思っている。
ウチの若い連中が、「オタク、アニメやってるの? ウチの親戚の子はジブリに行っててねぇ、オタクもジブリに行けるように頑張りなよ。」などと言われる事もある。

確かに「ジブリ」は凄いが、ジブリだけが優秀な人材が居るわけでもない。ジブリ以外でも優秀なアニメーターは大勢いる。
メジャーな会社でも、「一部の才能」が凄いのであって、上手いアニメーター意外の、「その他大勢のアニメーター」は、どこの会社でも、さほどの違いはないのだ。
この雑草プロを追われて、ジブリに行った人間だっている。

雑草プロ出身のアニメーターは、自信が付くと他のアニメ会社に鞍替えする。
やはり仕事の単価が倍近く違うのでは、流れて行くのは自然の原理。

今日もこの雑草プロに、22才の青年が入って来た。
その青年を呼んでいろいろ話してみた。

その青年は全くの素人で、今までトレスひとつした事が無いとのこと。
アニメ界に変な幻想だけ抱いてもらっては困るから、俺は何でも正直に話した。
アニメーターの厳しい現状と、いずれわかる事だから、この会社の現状も正直に話した。

青年「面接の人が言ってたんですけど、この会社の人達はみんな薄情で、力が付くとみんな他に行ってしまうと嘆いてましたが…」

俺「それは仕方ないよ。みんな自信が付いたら辞めるのは止められない。」

青年「えっ! そんな事して、いいんですか? 」

俺「よくはないけど、俺としては戦力が減るわけだから確かに困る。だけど、一人のアニメーターとして言うなら、力が付いて他で倍近く貰えるなら、その方が幸せだろ?」

青年「そうですよね。」と苦笑い。

俺「突然辞められたら困るけど、辞める時は正直に話して、数ヶ月間キチンと仕事して義理を果たしていけばいいよ。」

青年「そうですか。」

俺「中にはキャラクターデザインのオファーがあって辞めて行った人間もいるし、それを無理やり引き止めたら、チャンスを失わさせるだけだろ? 俺にはそこまでする権利はないよ。」

青年うなづいてる。

それにしても、面接担当の男。よくもまあ、「薄情」なんて言葉がよく言える。
一切何もしない会社の方が問題だろう。南が結婚しても、親族が死んでもひと言もない会社の方がもっと薄情だろう。

面接を担当している、この妻子持ちで50を過ぎたこの男、可哀想なぐらい会社からの扱いは手厳しい。
それでも感情を押し殺して、能面のような顔をして仕事をしてる。

話を新人の青年に戻そう。

俺「とにかく、この世界は食えるようになるまでは大変だから、今はとにかく頑張って早く本番が出来るようになる事が先決だな。そしてレベルアップして上手いアニメーターになればいいんだ。」

青年「はい、頑張ります。」

俺「ところで、他の会社は受けたの? 」

青年「いいえ、ここだけです。他の会社のホームページも調べたんですけど、他では大体一枚200円と載ってました。ここのホームページによると、確かここは150円でしたよね? 」

俺「いや、違うよ、150円は劇場作品で、通常のシリーズだと120円だよ。」

青年「そうですか、でもお金はどうでもいいんです。僕みたいな素人を雇って貰えるだけでも有り難いと思ってます。」

そう言う彼は、都内に実家がある自転車通勤組だが、それでも一時間以上はかかる。
おそらくこの青年は、他の会社では自分の絵のレベルに自信がなかったから、ここに来たのだろう。ここじゃなくても、彼の住む実家近くには、多くのアニメ会社があるのだから。
これからアニメを始めるにしても、家の近くで収入もここより良い会社がいいに決まってる。

版権収入の無い下請けの運命とはいえ、ここはあまりにも安すぎる。
上手くなったら巣立って行けばいい。
雑草プロの管理者としては失格だろうが、先輩アニメーターとしては仕方ないところ。
雑草プロの出身の人間が、他の会社で頑張ってるという風の便りを耳にする。

それでも今回の新人の救いは、まず若いというところ。(いつもは30近い)それから「普通の会話」ができるという点。中には会話さえまともに出来ない人間も来る。そう思えば、少しは期待が出来るかも。

そうは言ってもアニメーター家業はは独特の世界。
見えない魔物に呑み込まれないように願いたい。

この会社がいつかは、心ある会社になるか、それとも、「カッコウの卵」のように、延々とカッコウの卵を育てるだけの会社として存続するのか…
それはわからない。

そんな雑草プロだから面白い。アニメ界の底辺で、底辺でしか味わえない世界を半分は楽しんでる。