ハッタリ屋
2014/08/28アニメ界には自分を大きく見せようとする人種がいる。
そういったタイプは大したことないのに、意味のない威厳を保ちながら生きている。中身が無いから、そうでもしない限り自分が保てないのだ。
端から見てると哀れで滑稽。それでも自分は気が付かず、必死で大きく見せるのが美学だと信じて生きている。
それは今も昔も変わらない。
昭和五十年代、あるアニメ会社のスタッフ(ほぼ全員)が、ある喫茶店に集まっていた。
あるアニメスタジオの待遇が酷く、逃げ出す計画を立てていたのだ。
週の半分は徹夜のミーティング。そのミーティングは、個人攻撃の連続で、いつ自分の番が回ってくるかもわからない。
その間は飲まず食わずで、長い時は3日連続の徹夜が続くこともある。
何故俺がここまで詳しいのかは後に述べる。
若いスタッフ達は、そのミーティングに嫌気が差して、ほぼ全員で逃げ出す計画を立てていたのだ。
その喫茶店は「漫画◎◎」という、今で言えば、漫画喫茶みたいな所だ。
その店の雇われマスターは口先(仮名)というアニメ界には詳しい人物だった。
若いアニメーター達の話を耳にしたマスターの口先は、「俺に任せとけ」と言って、自ら仲介役を買って出たらしい。
口先「あそこの社長はチンケで馬鹿なんだよなぁ。」などと散々コキ下ろしていた。そして、「俺に任せておけば大丈夫だから、大船に乗ったつもりでいな。」と自信たっぷり語っていたようだ。
そして自分がアニメ界で、いかに顔が利くか延々と自慢したそうだ。
若いアニメーター達はその話に感心して、口先を救世主として心酔してしまった。
そして大船に乗った若いアニメーター達は全員その会社を逃げ出した。
そのうちの一人、北袋(仮名)から電話があった。「柳田さん、漫画◎◎の口先さんは凄い人ですよ、アニメ界でもビッグネームばかり知り合いで、今後の為にも知り合いになっといた方がいいですよ。」 俺「なんか胡散臭いなぁ、俺は別に興味ないからいいよ。」と何度か断ったが、北袋のしつこさに根負けして、一度会ってみる事にした。
北袋に案内されて漫画◎◎におもむいた。
出てきた口先は、三十ぐらいの年齢で、さっそく自分の自慢話のオンパレード。
サンライズのZさんは知り合いだ。東映のあのアニメキャラのデザインをした人物は友達だ。ムービーのプロデューサーとも知り合いだ。などなど自慢話にキリがない…
まてよ、そうは言っても、この人物は自分の自慢は何ひとつ無い…みんな他人を借りた自慢話ばかり…
口先「北袋君達がトンズラした会社の社長は、大した事ない人物ですし、私が後腐れないように処理しますよ。」 と自信満々。
胡散臭さを感じながらも、結局その日は、この口先の自慢話を聞かされただけだった…
口先「最近、あの男がここに来ないなぁ。」親分気取りで自分がいい格好したい口先は、北袋と一緒に行動してた男の不満を口にした。
口先「俺に筋通さないなら、アイツをアニメ界から抹殺してやる。」
その言葉に驚いた北袋は、本人にそう伝えた。
今度はそう言われた本人の彼女が激怒した。
「やれるものならやってと伝えて。」そんな話を彼女から聞かされた。
なんだかわからないが、俺の頭の中で、口先という人間の化けの皮が剥がれてきた。
一方、ほぼ全員逃げられた会社の方は、仕事するスタッフが原画も動画も居ない。新人が一人残っただけ。
新人一人じゃ仕事にならず、大慌てで残った仕事を全部親会社に引き取ってもらったようだった。
怒り心頭の社長は、逃げ出したスタッフの行方を必死で捜していた。
どこで情報を掴んだのかはわからないが、彼らが漫画◎◎にタムロしている事がわかったらしい。
社長は何日も徹夜で張り込んで、夜中に現れた一人を店先で捕獲。
ところが、捕まった奴には、頼りになる強い味方の「口先さん」がいる。だから恐いもの無し。「僕には口先さんが味方にいる。」と食ってかかった。
そこへ店先の騒ぎを聞きつけた口先が現れた。
「ウチの連中を先導してるんだってなぁ。」社長の一言に、口先は慌てて社長の目の前に這いつくばった。そして地面に頭をこすりつけて謝った。
捕まった本人はその間に脱出して逃げ帰ったが、信じられないようなドンデン返しだったと、ショックを受けていた。
哀れな口先は翌日に菓子折りを持って、社長の自宅にお詫びに行ったようだ。
シャレにもならないこんな話があった。
大小の差はあれ、こういった驚くようなハッタリ人間がアニメ界に時々居る。虎の威を借りた人間やペテン師紛いの人間もいる。
その後、その会社を逃げ出した連中の現在は様々だ。半分は転職したが、現在アニメ界でビッグネームになってる奴もいる。
過去の話だが、その会社の地獄のミーティングは業界では有名だった。
実は俺も巻き込まれた事がある。それはもう10年以上前の話になる。
そこの社長から、「ウチには駄目なアニメーターがいるんだ、だから柳田君の経験談でも聞かせてやってくれないか? 」その言葉に悪い気はしなかったので、ノコノコ行ってしまった。
会社の別室でテーブルを囲んで、数人のアニメーター達が座ってる。最初のうちは和やかな話だったが、そのうち社長の合図と共に様子が一変した。
社長「お前ら、他の奴がどれだけタルんでるか、言い合え!」
すると、その場に居たアニメーター達全員が、口々に自分以外の人間を罵り出した。
そうか、これが噂の地獄のミーティングかと思った時は遅かった。
もし他人を攻撃しなければ、自分が全員から集中砲火を浴びる。だからみんな自分を守る為に、必死に罵り合ってるのだ。
その言い合いは、そのうち「ぶっ殺す!」という言葉まで出てきた。
しばらくすると社長が、「柳田君の事はどう思う? 」の一言に一人の男が俺を攻撃してきた。
石倉(仮名)という男で、何度か会ったことはある。
そのうち俺の人間的批判までしてきた。コイツにそこまで言われる筋合いは無い。
怒りが頂点に達した俺は、素早く立ち上がると、石倉の顔面に力いっぱいのストレート!
石倉がゆっくりと前のめりに崩れ落ちる瞬間、今度は膝蹴りで顔面を思いっきり蹴り上げた!
辺りに血が吹き飛び、石倉が後ろに吹き飛ぶと、その場に居た全員が慌てて、俺を止めに入った。
倒れた石倉を見下ろしながら俺は吠えたが、何を言ったか覚えてない。
年下でキャリアも10年以上違う人間の非礼に俺は怒った。とにかく俺は理不尽な事や、仁義を欠く人間は大嫌いなのだ。
噂によると、俺にブン殴られた石倉は、今はメカ作品で超有名なスタジオに居るらしい。
そんな事があって、俺は二度と地獄のミーティングに誘われることは無くなった。
そんな話を雑草プロの南に話してやると、面白がられて、「柳田さんって、いろんな経験して、普通の人の10倍ぐらい生きてるような気がする。」と感心される。
そうかもしれないが、今のアニメ界、腹立つことも10倍だ。
せめて「ハッタリ屋」だけでも居なくなってくれれば…
いや、居た方が人に生きる喜び与えるから、裸の王様続けてくれ。