ドジ娘タマ




俺の隣の席の南がタマ(仮名)の動画チェックをしていた。

南の脇で神妙な顔でタマが南の話を聞いていた。

タマは二十代前半の小柄な女の子。そのタマを見ると、流行りのファッションなのか、ダボダボのズボンを履いている。その姿を見た俺は「なんだ、そのズボンは? ひょっとして、そのズボンの尻のたるみは…ウンチ漏らして、中にウンチでも入ってるんじゃないかぁ?」と軽い冗談。タマはこっちを見て苦笑い。

ところがそれが後に大問題。

それから一週間ぐらいした頃、俺と南が遅くまで二人で仕事をしてると、突然タマが現れた。
「柳田さん…」真剣な顔のタマは俺と南の近くに来た。
そして嗚咽しながら「わ、私のウンチ、だっ、誰かがふっ、踏んだのでしょうか?」と言うと眼から大粒の涙がボロボロ…

そして顔を覆いもしないで、顔をクシャクシャにして号泣。

しゃくりあげながら泣くその顔はまるで「蛍の墓」のセツ子の泣き顔ソックリ。

驚いて事情を聞けば、少し前に俺が言った冗談を真に受けたらしい…

「ばっかだなぁ…ズボンの裾からこぼれ落ちたなら、大量に出なきゃ落ちないぞ」俺がそう言うとタマは「ほっ、本当ですか、本当に誰も踏んでいないんですか?」俺は「あれは冗談だよ」そう言うとタマは嗚咽混じりの声で、俺に何度も確認。

そして今度は南の方を向いて「南さん、柳田さんの言った事は本当なんですか? 私をかばって嘘を言ってるのでは…」まだ疑ってる…コイツにはヘタな冗談も言えない…

あまりのバカバカしさに南も戸惑ってる。思い込みの激しいタマをその後は俺と南の二人で、なんとか説得して帰宅させた。
ところが翌日タマは、会社の女の子仲間に確認して回ったようだった。「柳田さんは私を傷付けないように嘘言ってませんか?」って、まだ疑っていた…その日はみんなの説得の甲斐もあって、ようやくタマは納得したようだった。

しばらくして仕事が終わった後、タマと話す機会があった。

「ところで、何であんな有り得ないズボンのウンチを信じたんだ?」俺がそう言うとタマは「そっ、そうなんですよ~」 タマの表情は明るい。
タマが続ける。「自分でも変だとは思ったんですが、ズボンにタレながしたんじゃなくて、トイレで自分が気が付かないうちにズボンに少し付いちゃったと思ったんです。そしてトイレから出て、歩いてるうちに落ちたと思ったんですよお~」身振り手振りのタマ。
俺「うん、それで?」タマ「もしそうだったら可能性もあるし…と考えてたら、仕事中に遠くで誰かの柔らかいという会話が聞こえたんです。これはきっと誰かが私の柔らかい物を踏んだに違いないって思いました。それで何日も悩んでる頃に、ある日空さん(仮名)が、スリッパがボロになったから代えようかしらと言う会話が聞こえたんです。その言葉はショックでした。これで私のを踏んだのは空さんに違いない!って確信したんです。だんだん私の頭の中で、点と点がつながっていったんです。」そう語るタマの思い込みと想像力に、俺は半ば呆れながら感心していた。

タマ「だから翌日の朝早く、誰もまだ会社に来てない時間帯を見計らって、空さんのスリッパをチェックしに来たんです。」 「付いてるわけないだろ! 付いてたらすぐに捨てるよ!」俺が驚いて言うとタマは「そうですよねぇ…」と照れくさそうに笑った。そしてタマは「私にとっては地獄の一週間でした」と言ってため息をついた。

タマのこんなトンチンカンな性格は仕事にも影響してる。

動画でも勝手な思い込みで、有り得ない動きを作ってしまう…

原画を描かせれば、高校生の登校する自転車の後ろにママチャリみたいなカゴが付いている…俺「タマ、なんだよこれは!? この高校生は 両親が病気で、下校途中に買い物でもして帰るのか?」タマ「いえ、違います。自転車はおまかせでいいと言われましたんで…」俺「いくらおまかせでいいっても、コレはないだろ…」 そう言いながら、タマの原画をもう一度見ると「ゲゲッ!!」絶句…

カゴ付きの自転車の隣にはマウンテンバイクが描いてあるのだが、そのマウンテンバイクには、バカデカイ魚屋が乗るような自転車のスタンドが描いてある。「タマ! マウンテンバイクには、こんなスタンド取り付けないぞ!」タマ「あっ、スイマセン」…万事この調子…

ある時、タマの隣の席の吾味君(仮名)に注意してると、「スイマセン、以後気をつけます」とタマが謝りだした。自分のことと勘違いして謝ってくることもしょっちゅう…そそっかしくて思い込みの激しいタマは、まるで漫画に出てくるドジ娘そのもの。

外出すれば突然の土砂降り。
電車に乗ろうとすると、隣駅で倒木で電車がストップ。
買い物しようとすると突然の閉店。
お店のドアを開けた瞬間、突風で反対側の窓ガラスが粉々にクラッシュ。

これが全部1日の出来事だから、まさに不幸を呼ぶ女。
家族で沖縄に行けば、悪天候の台風に出くわす。
まさに神懸かり的な現象。こんなマンガにしか登場しないような女の子が、本当にここには居るのだ!

そんなそそっかしいドジ娘は、アニメに対する思い入れは人一倍強い。
ひと月に5万円程度の収入でも頑張ってる。
タマは自宅通勤だからいいものの、そうじゃない人間はもっと過酷だ。
そんなタマは都内の41階に家族と共に住んでいる。
タマ、両親に感謝しろよ。