差別発言



プロデューサー氏のその言葉で勝負はあった。

俺の体中から怒りの炎が吹き出すと同時に勝負はついたと思った。

その言葉を撤回しない限り、俺は許さなかったし、俺以外の人間も許さなかっただろう。

スタジオ内も信じられない発言に完全に凍りついた。
翌日俺は抗議の文章をFAXで、そのプロデューサー氏に送った。

人間の尊厳まで傷つけるなら、他の民族まで敵に回しますと。

そうはしたくないから、話し合いを設けましょうと。
俺が望んだ事は、その発言の撤回とお詫び、それと下請けイジメの改善、ごく当たり前の事柄だけだった。

ところがプロデューサー氏の会社は、話し合いにすら応じない。それどころか「脅迫だ」と大騒ぎ。
その話しを聞きつけた当のこの会社が、ナント!先方に謝ってしまった。
仕事を失いたくない事情もあったのだろうが、なんとも情けない結果になってしまった。
極論を言えば、会社としては正しいのかもしれない。

そして会社は俺を排除して、先方の親会社と話し合いを設けた。当の南まで排除したお詫び会見だった。

先方の傲慢な態度はその会社の体質らしく、もう一人の女プロデューサーが、ウチの制作の人間に対して「あなたは情けない人ですね」とあざ笑った話を後で知った。

その結果、会社が俺に下した懲罰は「賃金カット」

その判断に雑草達が立ち上がった。会社は人権さえ無視して、中の人間さえ守れないのか!
「明日から仕事のボイコットだ!」
全員がクビ覚悟の行動に出ての大騒ぎ。

俺は涙が出るほど嬉しかった。

そうして俺の賃金カットは白紙に戻ったが、会社が雑草達に与えた失望は大きかった。
むしろ心ないプロデューサー氏の会社の方が株をあげた。事がどうあれ自分の会社の人間を守ったのだから。
だが俺の怒りは収まらなかった。
「こうなったら、人権を踏みにじるような会社にはデモで実力行使だ!」
マスコミにも影響力のある何人かの知り合いに連絡を取ってる頃、俺のもとに一通のメールが届いた。

それはアニメ会社ジーベックの羽原信義君からだった。
長い文章と共に羽原君の「そういう輩と同じ土俵に立つ事はありません」の文章が胸に刺さった。「柳田さんは弱い立場の人間を思いやるばかりにそうなってしまうのでしょう…僕もそうやって守られてきたからこそ今日があるのでしょう…」そして俺が教えてる雑草達へのエールと共に素晴らしいアニメーターを育ててくださいとあった。
そして最後は僕は柳田さんの後輩で良かったと思っていますと結んであった。

その文章に俺は胸をえぐられ、冷静さを取り戻した。
こんなくだらない男のために…羽原君の思いに涙した。

一方の南の方は、作詞家の父親にも相談したようだった。
南の父は俺と違って大人で、至って冷静だったようだ。
「世の中にはもっともっと理不尽な事があるから、挫けないで頑張れ」と励まされたそうだ。
冷静さを取り戻した俺は、デモは取りやめた。そして救ってくれた羽原君には感謝の言葉と「羽原君の言葉を無駄にしたくないから、バカな行動は絶対にしないよ」と返信メールを送った。
俺はおそらく羽原君のメールがなかったら、決起集会を開いていた。
南とも相談して、最後は「そんな輩と同じ土俵に立つ事はない」という結論に達したのだった。