アニメを始めるには金
2015/09/12アニメーターは素直な人間が伸びる。
頭の中の屁理屈だけで考える人間は決して伸びない。
全てを理屈で分析するから、絵を描いている途中で、つじつまが合わなくなってしまうのだ。そして頭の中でパニックを起こして、作業がストップしてしまう。
頭の固い原画マンはロボットを描く場合でも、人体を全く意識しないから、まるで積み木のようなロボットを描いてしまう…
そんな指摘に対して、「これは機械ですから、金属の塊ですよねぇ、したがって金属が曲がるのは変ですから、どうしてもこうなっちゃうんですよぉ…」と嘆く下手な原画マンもいる。
動画マンにしても頭が固い奴は、全てを定規で計ったように作業してしまう…
顔の振り向きなども、定規で線を引いて、均等にタップ割りをしてしまうから、見られた顔じゃなくなってしまう…
新人を教えていて、俺が気分的に教えやすい人間は金銭的に余裕のある人間。
正直言って、自立してアパート暮らしをしている人間よりは、都内の実家から通っているとか、もしくは実家から仕送りがある人間の方が鍛えやすい。その理由は後で述べるとして、この雑草プロでは仕事のカットの割り振りは俺がやっている。もちろん公平に各自の技量に合わせて配っている。
他のアニメ会社ではカットを山積みにして、上から順番に取るようにしている会社もあるようだが、雑草プロではその方法だと少し無理が生じるのだ。
確かにその方法は公平かもしれないが、出来高払いのアニメーターにとって、その方法だと、仕事の中身によって金銭的な差が出てしまうのだ。そのうえ、ここの仕事はほぼ「即日アップ」の仕事ばかり。もし新人や技量の劣った人間が難しいカットを取ってしまったら、いつまでたっても終わらない。
そういった意味で、あがりの事もふまえて、各自の技量と金銭的不公平が出ないように割り振っている。平等に配っても、出来る人間と出来ない人間との金銭的な差は、はっきりと出る。それは実力主義だから仕方ない。あくまでも内容の平等のやり方だ。
それでも割に合わない大変な仕事のも来る。そういった場合は、下描きが入った時点で、全員が無償で清書して、大変なカットを作業している人間のアシストをする。
ひとつのカットを二人で分けて作業する場合は、分け方で明らかに差が出てしまう。そういった場合は枚数の配分を変える。簡単な作業をした方の枚数を減らし、面倒な作業をした方に枚数をプラスする仕組みにしてある。
仕事の賃金が「運次第」で決まってしまうという理不尽さを少しでも解消したい為だ。
また技術を得る為にも、仕事の内容を緻密にカット分けすれば、動画マンの不得意な分野の鍛錬にもなる。
こうして公平に割り振っているつもりでも、時には情けが頭をよぎる時もある。
仕送りがあって金銭的に余裕のある人間には、余計な事を考えないでも済むが、アパート暮らしでギリギリの状態で生活している人間に対しては、ついつい余計な事を考えてしまう…
まてよ、今アイツにこの大変な仕事を回したら、生活は大丈夫かなぁ、などと考えてしまうのだ。仕事は公平が原則だが、あまりにも割に合わない仕事の場合は、俺の作業した枚数を回してあげることもある。
本来画力のある人間ならば大手で給料を保証して貰えるが、雑草プロのような下請けにしか行き場の無い人間は、まず極貧との戦いから始めなくてはならない。
昨年入って来た木野(仮名)は仕送り組みだったので、そんな金銭的な事を気にする事も無く、遠慮なく鍛える事が出来た。
木野は地方から上京してきた二十代前半の女の子。
性格は明るいが、少々お調子者だ。そして話し方がどことなく演歌歌手の瀬川瑛子に似ている。ねっちょりと後を引く話し方なのだ。
木野「あなぎださぁ~ん(柳田さん)ンきょおのぉ、(今日の)しごっとぉん(仕事)終わりましたぁ~ん。」…こんな感じで話すのだ。
「ああっ! あなぎださんのぉ~携帯、爺様の携帯とおんなじだあ~」俺とは親子以上歳の離れた木野は、どことなく人なつっこく憎めない奴だ。
そんな木野がある時、「あなぎださんがぁ前に言っていたぁん、私の秘策くってぇ、何なんですかぁ~ン。」と聞いてきた事があった。俺は以前木野に対して、木野には木野なりの育て方があるんだと言った事があった。それを覚えていたらしい。
俺「秘策? それはナイショ。今それを言うと、木野はダメになるから言わない。」
木野「そうなんですかぁ~ン。」
俺「そのうち教えてやるよ。」
木野は誉めると調子に乗って安心してしまうタイプだ。だから木野には、かなりうるさく指導したし、手抜きの仕事をした時は怒る。
木野は仕送りがあって、金銭的にはかなり余裕があったので、木野には余計な心配をする事もなかった。
そういった理由で、木野には仕事の内容も他の新人よりは、キツい仕事を回し易かった。
アニメーターは楽な仕事ばかりしていたら、それに慣れてしまって成長しない。難しい仕事を回せば本能的に考える。
頭の中で「どうやったら効率的に早く終わらせる事が出来るんだろう?…」そんな試行錯誤を繰り返して、いつしか自然と効率性が身に付く。木野にはそんなやり方でスピードアップと効率性を鍛えた。
一方、同期の萩原には木野よりは多少は楽な仕事を回し続けた。萩原は金銭的に困っていたから、自信を付けさせて伸ばしてやろうと考えていた。
そんなわけで当然、萩原の方があがり枚数は木野よりは多くなる。木野は一年間、毎月萩原に微妙な差で枚数が負けていた。
木野は元来怠け者で、誉めると図に乗ってしまうタイプで、あまり誉め過ぎると仕事でも気を抜いて安心してしまうのだ。そのうえ仕送りで生活出来てしまうから、どうしても危機感も薄くだらけてしまう。
木野の怠け者ぶりは最初の頃から発揮されていた。
木野「あなぎださぁ~ん、会社に自転車で通勤していいですかぁ~ん? 」
俺「アパートから会社まで遠いのか? 」
木野「はい、歩いて10分もかかるんですよぉ~ん。」
俺「なにい! 歩いて10分だとおっ!、駄目だ! 歩いて来い。もっと遠い奴の自転車の置き場が困る。」
そんな怠け者の木野はあまり自炊もしない。ほとんどコンビニで好きな物を贅沢に買っていた。
コーヒーに「角砂糖5個」入れる木野は、健康にも無頓着。
そんな木野を口うるさく鍛えた甲斐があったのか、木野は徐々に伸びていった。
木野「あなぎださぁ~ん、」
ストップ!!
木野の話し方はめんどくさいので、以後普通に書く事にする。
木野「柳田さん、私いつか萩原さんに勝ちたいんですよ。」と毎月のあがりの枚数を気にしていた。そしていつしか自分流の効率性を身に付けるようになっていた。そして補欠組みからレギュラー陣の仲間入りを果たし、ついに先月は同期の萩原にも勝った。
ひと月800枚を超えたのだった。わりと線の少ない作品といえ、ひと月に800枚はなかなかだ。それに木野は線の多い作品をやらせても、一日の作業枚数はさほど変わらない。
俺の言う「動体視力」ならぬ、「線対視力」がいいのと、いい意味で深く屁理屈で考え過ぎないのが木野のプラスになっている。後は時々気を抜いてクオリティが低くなるのが難点だ。
俺「木野、どうだ?、嬉しいだろ? 」
木野「嬉しいです萩原さんにも勝てたし、800枚越えたのも嬉しいです。」木野は笑顔で喜んでいた。
俺はそこで木野を鍛える為、萩原よりは大変なカットを回していた事を木野に告げた。
俺「俺はなぁ、お調子者で怠け者の木野を甘やかしたら駄目だと思ったんだ。でも結果的に鍛えられて良かったろ?」
木野「はい、良かったですう~。」
俺「でもな、この結果は木野の頑張りでもなく、俺の指導でもなく、一番の功労者は仕送りしてくれてる木野の親だからなっ。親に感謝しろよ。」
木野「あい、感謝してますぅ~。」
本音を言えば、仕送りも無く、生活に追われ、低賃金で喘いでいるアニメーターには、容赦なく鍛える事は気分的に難しい。その点、木野はアニメーターとして恵まれた環境でスタートを切れた。
俺「木野、また気を抜いてテキトーな仕事したら、罰として隣の晩御飯だからなっ。」
木野「だんですかぁ~、(何ですか)そでぇわぁ?(それは) 」
俺「落語家のヨネスケみたいにシャモジ持って、知らない家に乱入してメシ食ってくるんだ。」
木野「イヤですよぉ~、そんだのぉ~。」
そんな木野は俺のからかい相手でもある。冗談も通じず人を拒否する奴よりは、ずっと素直で教え甲斐がある。
頑張れ木野、素直な奴は応援してやる。木野のような雑草のような多くのアニメーターが、アニメ界の一部を微かに支えてる。
「狭山湖で木野をお姫様抱っこ」
(雪だるまのように重かった)