クビになった男
2015/12/05他のスタジオの今年入った新人の青年がクビになった。
クビになった理由は、あまりにも仕事ができない…ただそれだけだ。
会社に入ってから作業した仕事は微々たる量。8ヶ月間で作業した動画枚数は、驚くことに200枚にも満たない…
1ヶ月の収入は五千円にも満たない。それでも仕送りで生活をして、本人はまだアニメを続ける意志はあったみたいだったらしいが、会社はそう決断した。
「プロ」としての判断だとするならば、それは妥当だろう。その程度の作業量だと会社は何の利益も出ない。教える人間の手間暇や、経費を考えると、赤字になる。
そのクビになった青年と同居している男がこのスタジオには居る。
二人は大学時代から親友同士で、大学を卒業と同時にこの会社に入ってきた。あいにくスタジオは別々に配属になった。
クビになった青年は、性格的には温厚で真面目なのだが、アニメーターには向いてないぐらい仕事ができなかった。他のスタジオとはいえ、毎日届く仕事の日報や、このスタジオの親友でもある同居人の話で、クビになった彼の状況はつぶさにわかっていた。
そのあまりの危機感の無さと、プロの仕事人としての意識の低さに、俺は何度も同居人を通して忠告していた。
だが楽観主義者だったのか、仕送りで生活できる彼は、それに甘え一向に上達しなかった。
ひょっとしたらスタジオの風土が、彼とは合わないのかもしれないと思い、雑草スタジオに移動して来るように誘ってみたが、それは徒労に終わった。
彼が居たスタジオは、どちらかと言うと放任主義。悪く言えば他人の事は「我関せず」のスタジオ。自由と言えば自由だが、新人のうちから自由すぎると、仕事は覚えられない。
彼はアニメに関して何の知識も無いまま入ってきて、1ヶ月間トレス練習に明け暮れた。その練習のチェックは一日一分程度のチェックだったらしい。
そして1ヶ月後、何の前触れも無く、中割の練習さえ無く突然本番の仕事を入れられたとのこと。そんな状態だったから、ここに居る親友の同居人とのレベルの差は明らかだった。
それでも彼は再三の忠告にも危機感を抱くこともなく、そのスタジオの放任主義の「自由」を選んだのだろう。
いくら仕事ができないとはいえ、俺なら最低でも月に200枚程度の動画をさせるだけのノウハウはある。その彼は8ヶ月で200枚程度なのだ。
俺が心配したのは、もし彼がアニメを辞めて、他へ引っ越す事にでもなれば、雑草スタジオの同居人も困る。
家賃を全額払わなければならなくなる。そうなると二人とも共倒れになる。
そんな様々な心配をしてみたものの、当の本人達はあまり心配してないようだ。
クビになった事でさえ、俺が知ったのは半月も経ってからだった。二人からは何の報告も無かったし、日報で名前が消えてる事に気づいて初めて知った。
俺がわからないのは、彼等二人は本当に「親友同士」なのだろうか? そして本当にアニメに賭けていたのだろうか?
わざわざ地方から上京して、会社の近くにアパートを借りて、8ヶ月間ほとんど無収入…全て親におんぶにだっこ…親の出費の総額だってかなりの額だっただろう。
そして親友がそういう状況に追い込まれても、上司に一言の相談もしないで、ただ傍観しているだけのもう一人の親友…俺には全くわからない…
最近の若者はそこまで「クール」なのだろうか?
俺の結論から言えば、二人とも「そこまでの人間」。何も考えず、行き当たりばったりの人生なのだろう。そして人の感情もわからない。
今年の雑草プロの新人は、ほとんどそういった新人ばかり。全てが行き当たりばったりだから、仕事も行き当たりばったり…覚えた事は翌日には忘れる。それの繰り返し…「クール」じゃなくてクールクールパー…
アニメーターという仕事を甘く見て、憧れと道楽をごっちゃにして、この世界に飛び込んでくる若者が多い。そして何も残さず去って行く。
クビになった青年にしろ、似たようなもの。口先と行動が一致しない。
雑草プロの同年代の男に聞いてみた。
「周りが心配するほど、当人達は何とも思ってないんじゃないですか…心配するだけ無駄だと思いますけど…」
そうかもしれない。だから俺にも未だ一言も無い。自分だけを愛する人間は、他人の心配ですら「干渉」と思うのかもしれない。
クビになった一人の男の「干渉」の文字が、「感傷」に変わっただけで、何事が起きたわけでもない。