さよなら南

                                                                                                           2016/02/21





盟友南が雑草プロを去った。
これから実家に帰って、出産の準備に入る。

南は雑草プロの大の功労者だったが、ケチだから会社的には何も無い。
スタッフの個人的な贈り物も禁止にした。
と言うのは、残念ながら、ここのアニメーター達の感情は破壊している。
かと言って、悪い人間は一人もいない。ただ他人に対する「いたわり」や「優しさ」、「気遣い」、「感謝」といった感情が抜け落ちているだけなのだ。
つまり絶対になつく事の無い冷血な爬虫類みたいなもの。救いは攻撃だけはしてこない。
そんな連中に形式的に贈り物を貰ったところで、南が嬉しいはずもない。

俺「君等から贈り物を貰ったって、南は有り難迷惑だろうから一切禁止する。いつか君等の贈り物が有り難迷惑なんて言われないような人間になってくれ。」

俺がそう言わなくちゃならないぐらい、ここのアニメーター達の感情は破壊している。特に去年入ってきた新人は酷い。
何十回言っても駄目。まず他人と信頼関係を結ぼうといった感情さえない。失礼な言動をしてもその「失礼」という感覚さえわからないのだ。

南が辞める数日前にも、ちょっとした出来事があった。
身重の南が他のスタジオに荷物を取りに行こうとしても、誰一人協力を申し出る人間がいない…散々南に世話になっていながら、南が一番大変な時期に協力すらしない…
そこで俺が助け舟を出して、代わりの人間に行かせた。
こういった事は日常茶飯事で、全てが「おんぶにだっこ」度々俺に注意されている。注意されても反省の弁すら無い。南はすでにこういった連中の人間性すら諦めている。

「クソッタレ!」段々怒りがこみ上げてきた。その怒りは脳天を突き破り宇宙を一周して、そのパワーは俺を獣と化した。
全員集めて吠えた!!「南が歩くのも重労働なのに、テメエらは何のフォローもしねえ! 一体何様だと思ってやがるんだ! よくもヌケヌケとここに居られるな! テメエらは人間じゃねえ! 冷血な爬虫類だ! 」
わかろうが、わかるまいが、クズには肥溜めぶっかけたような罵詈雑言が相応しい。でないと俺の気持ちも収まらない。

一人の馬鹿女に近づいて言った。「テメエには人間の感情ってもんはあるのか?」
馬鹿女「はい、一応あります。」
俺「ねえよ!! テメエにはひとカケラの感情もねえ!! それに早く気付け!!」

この女、前日に仕事を用意して机の上に置いといたら、その仕事を無視した挙げ句、「勝手に置いてあった。」とぬかしやがった馬鹿女だ。日頃のそういった馬鹿さ加減も相まって、俺の怒りは収まらない。
俺「テメエは一番おかしいと思われてる人間だ! フツーだと思ってるのはテメエだけだ!」

そうやって何人かの馬鹿人間への、俺の過激なリップサービスが始まった。
指導者としては失格だ。だが俺は「普通の人間」の指導者だ。まともじゃない人間の指導者じゃない。だから何とでも言える。

俺の最後のセリフは、「今後は人間に少しでも近づいてきた人間だけ認めてやる!」だった。(馬鹿みたいだが本当の話だ)

感情が無いから、ここまで言っても一切堪えない。そこまで言われても、この仕事が続けたいのだ。たとえ低収入だろうが、親のスネかじって、自分の居場所だけを求めてる。人間の感情を捨て、机に向かって孤独に日々を送る事だけを考えてる。コイツらがわかってるのは、他の会社じゃ通用しない事だけはわかってる。だが、それでも向上心すらない。

俺にここまで言われても、無表情で能面のような顔でダメージさえないのは、馬鹿と言うよりも、ひょっとしたら「マゾか?」…
いや、そこまで考える頭も無いのだ。そこまで神経がマヒしてる。クビにするのはカンタンだ。クビにしないのは、みっちり償いはしてもらう。

いやまてよ、ホントにマゾだったら、逆に俺は喜びを与えてるのかも…
俺の「テメエらは人間じゃねぇ!」の言葉は「メス豚」と理解してるのかもしれない…
「感情はあるのか!」の罵声ですら、「浣腸はあるのか!」と聞こえてるのかも…
確かアイツ、「あります。」って言ってたな…浣腸器は何CCだろ?…
いかん、いかん、そう思ってしまうほど、理解不能な人間も居るのだ。そして居場所だけ求める人間には、学習能力も向上心すら無い…

そんな事があった翌日。南と別室で履歴書をチェック。こうなったら4月から来る新人に期待しよう。そんな思いだった。
だが履歴書をめくってるうちに体が段々硬直していった…

南「どう?」
俺「アチャ~ッ! 南も見てみろよ。」そう言って南に履歴書を渡した。
若い人間がいないのだ…それもみんな絵に関連した経歴が無い、全くの素人…アニメ学校出身者もいない…

俺「あれっ?、ふざけんなよ、この男は34だぞ…あれっ、コイツは28だ…」
南「待って、こっちの男の人は27で、それよりは若い。」
俺「なんだよ、よく見ろよ、あとひと月で28になるじゃねえか…」
南「あっ、ホントだ!」
俺「女性陣も27と26才…他のアニメ会社じゃアウトだな…」

普通のアニメ会社は経験者なら別だが、25才過ぎた素人は雇わない。25才を過ぎてから、アニメを始めるには遅過ぎるのだ。
それまで少しでも絵に関係した仕事をしてきたならまだしも、そういった人間すら皆無…

俺「この男は、新聞配達で、こっちは歯科衛生士…」
南「この娘はミスタードーナツで、こっちは松屋の牛丼かぁ…飲食関係が多いね…」
俺「あっ! コイツは鳥貴族だよ…」
南「貴族なんてグレードが高い。」
俺「…」

中には23才の女子もいるが、今までの仕事は全部2、3ヵ月で辞めている…そして通勤時間も2時間近くかかるし期待薄だ…
こういった輩は単なる「ひやかし」で来る人間も多い。また当日になっても来ない人間も多い。

南「制作の○○さんの話によると、まだ入る予定者がいるみたいよ。」
俺「どうせこういった連中だろうよ。」俺が吐き捨てるように言うと、南も「みんなアニメを甘く見て、何の知識も無いまま、夢だけ見て飛び込んで来る人ばかりなんだよね…」と肩を落とした。
ああ…前途多難…4月からの新たな船出も泥舟に乗っての舵取りに…

こうして雑草プロの南との最後は、一緒に買い出しに出て、別室で二人だけの食事会。
南がステーキを焼いて俺は寿司。

南は雑草プロを去るが、南との交流が終わるわけではない。南が出産して落ち着いたら、またこのホームページの更新と管理を任せることになる。

南、元気な赤ちゃん産んで、これから訪れる子育ての感動をいっぱい味わってくれ。

ドン・キホーテ柳田のマンガみたいな人生はまだまだ続く。