変人アニメーター



 ところが、戻って来たものの、最初は驚きの連続だった。
 最初に描いたように、自分が浦島太郎になったような気分だった。職場に活気は無く、挨拶さえ出来ない連中ばかりでみんな無言で自分勝手に仕事をしている奴らばかりだった。アニメーターとして失格というよりも、人間として失格としか思えない状況にイラついた。
 ここはゴルゴ13みたいな連中ばかりだなと思いながら、
「みんなどうした、話してもいいんだぞお〜、笑ってもいいんだぞお〜」そう言っても誰ひとり振り向く事はなく作業している。
 感情さえ感じられない死の世界だった。ほとんどが自分の世界だけで仕事をしている。協調性も無ければ、常識も無い。出社時間も自由、退社時間も自由。おまけに、挨拶さえしないで無言で仕事をこなして無言で帰って行く。社長と道で会っても挨拶さえしない。
 これじゃあ会社としての意味合いも無い。そこで俺が最低限のルールを作ると、反発は強かった。たった一人敵陣に入って戦いが始まったのだ。
 俺に対する精神的な嫌がらせは並大抵ではなかった。俺を追い出すため、新人以外の動画陣は全員原画に配属され、動画の体制が危機に陥った。それでも自分の仕事をしながら新人達の下描きを全部入れたりと、苦難の連続だった。
 明らかに俺を敵対視している奴に対しては、
「○○君、大丈夫だよ。俺はこの会社辞めないし、ずっと君の為にいてあげる」
 とニッコリ笑ってウインクしたもんだった。
 他の連中にも、
「俺に喧嘩売るならいつでも買ってあげるから、いつでも言ってきてくれよ」
 と笑顔で挑発もした。
 そう、俺は五十半ばを過ぎても元気なのだ。いまだに腹筋は百回出来るし、今いる連中とは走り回って遊んでる。図々しい事に、気分は三十才なのだ。
 それまでこのスタジオは新人つぶしが有名で、三時間余り立たせて説教する先輩や、精神的いたぶりは並大抵じゃなかったらしい。
 ある時、俺が新人達への対応を注意すると、
「新人がつぶれようと俺の知った事じゃない」
 と俺に言って来た奴には激怒した。そいつを怒鳴りつけて、戦闘態勢に入った。俺のあまりの剣幕に、そいつは無言で立ち尽くした。
 今まで俺の四十年間のアニメ人生で、アニメーターで本気で喧嘩出来る奴は少ないし、男は情けない奴が多い。精神的に強い奴はビッグになってるし、そもそもみみっちい新人イジメなどしない。
 その後、ガンとなる連中はスタジオから追い出した。俺はドンキホーテみないなマヌケな男だが、人にも自分にも正直に生きている。

 世界に誇る日本のアニメなんて、北朝鮮の製品と何ら変わらない。製品がそこそこ使えても、作っている職人は食うや食わずの奴隷的環境で作っている。その場しのぎの契約書も無い、日雇い人夫と変わらない。そんな日雇い作業にも関わらず、大手のアニメ会社は締め付けだけは手厳しい。
 キャラクター表などがマニアに出回らないように、下請け会社に対して損害賠償のサインまでさせて仕事を出している。サインしなければ、その会社には仕事を一切出さない。一枚たった二百円以下の仕事に対してである。
 アニメーターで外食するやつは大金持ち、コンビニ弁当食う奴はお金持ちなのだ。もしくは両親のスネを齧ってアニメを続けている奴。
 ここのスタジオの奴らはみんな貧乏人。一日十二時間以上働いても月収は十万円にも満たない。みんな「十万長者」目指して仕事している。
 中には安アパート借りて、「僕は五万円あれば生活できます」と豪語する奴もいる。自炊しながら塩むすびが毎日の定番。風呂は街中の百円シャワーで済まして、たまのおやつはうまい棒。
 中には一年以上インスタント麺ばかり食って、体を壊した奴もいる。麺類を食べると、体が拒否反応を起こして吐いてしまうのだとか・・・。
 ここには色んな人間が入って来る。興味だけで、体験入社感覚だけの奴もいる。一方真剣にアニメに賭ける奴、様々な人間との関わりがあるが、俺は決して手を抜かない。性格的に全力で本気で関わってしまう。仕事ではあえて挑発するし、怒ったフリもする。それで終わってしまう人間は、そこまでの人間だと割り切っている。
 アニメの仕事は技術力だけでは限界がある。精神的なものも含め、モチベーションが続かなければ挫折してしまう。俺の場合、指導的な立場で多少の手当が付いているが、手当は食えない奴らのために還元してる。それは誰の為でもなく、自分自身の為にやっている。ささやかな差し入れで喜んでくれるなら、一番嬉しいのは俺自身なのだ。
 全力で取り組むのも自分のため。あのときこうしておけば良かった、ああしておけば良かったと後悔しないため。自己満足と言われれば、それで結構。
 ここのスタジオの特徴は団結力!一人に重い仕事が回らないように配慮してる。どうしてもそうなった場合は、早く終わった奴が無償で手伝うシステムにしてある。どうしても大変な仕事をしている人間には、俺が作業した枚数を回してあげている。食いたくても食えない「餓え」だけは、和らげてやりたいと思ってる。
 運動不足解消のため、時々休みの日にみんなでハイキングに出かけたり、昼休みに野球やバドミントンなどをして、和気あいあいとやっている。
 仕事は辛くても、どこかに楽しさを見つけて頑張るのが俺のモットー。途中でリタイヤする人間がいたとしても、せめて思い出だけは後悔ないものにしてもらいたいと思ってる。