有名人の娘



 このスタジオには有名な作詞家のお嬢さんもいる。俺はその事に全く気づかず、一緒に仕事をしていた。その女の子は数年前にこのスタジオに来た。俺は前もって履歴書を見て、その女の子の予備知識は知っていた。
「ねえ、ところで南ちゃん(仮名)ちゃんていう名前なんだねえ・・・。実は俺の娘も同じ名前なんだ」
 俺はその事が一番興味があって、少し親近感を持っていた。そんなきっかけから仲良くなり、飲み屋で一緒に酒を飲んだ。
「ところでさあ、カラオケで『タッチ』でも歌ってくんない?」
 俺が何気なく言うと、彼女は「ウフフフフ・・・」と恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「何だよ、どうしたんだ?」
 俺がそう言うと、
「あのう・・・、『タッチ』は父が作った歌なんです・・・」
 と言って照れくさそうに微笑んだ。驚いた俺は話をよく聞いてみることにした。
 彼女の父はあの名曲「タッチ」の作詞をした人物だ。彼女の父は他にもヒット曲があり、杏里の「悲しみが止まらない」、「ギザギザハートの子守唄」「桃色吐息」「二人の夏物語」等々いろいろあり、中森明菜の曲ではレコード大賞まで受賞している。
 またアニメや特撮の曲も手がけ、「超魔神英雄伝ワタル」「とんでも戦士ムテキング」「未来警察ウラシマン」「仮面ライダーブラックRX」「ウルトラマンガイア」等数多い。その他にも、桑田佳祐の映画「稲村ジェーン」の脚本も、彼女の父である。
 そんな出会いから数年、彼女は現在は俺の片腕として仕事に励んでいる。アニメーターとしてもなかなか有望なのだが、あまりアニメに興味はない。どちらかというと水彩画の方が得意で、あの総理大臣賞を受賞した醍醐芳晴氏もベタ褒めだった。
 彼女とは良き師弟関係で、お互いに喧嘩も出来て言いたい放題言える、理想の人間関係でもある。
 下請けの会社は経済的に辛い。今のままだと未来が無いから、現在彼女と色んな企画を作っては関係先を回っているが、全く決まらない。決まらないどころか、見る順番があるからといって見てさえくれない所もある。
 俺「なあ南、もしこの企画が決まったら作詞はお前がやってくれ」
 南「えっ? 私がですか?」
 俺「そうだよ、作詞が南で、補作がお父さんなっ!」
 そう言って南のお父さんにまで電話させる悪い俺・・・。
俺「何て言ってた?」
南「ハイハイわかりました、その時は補作させて下さいって笑ってた」
俺「下請けは何の著作権も発生しないから、お父さんに頼んで『タッチ』一曲だけでもいいから著作権もらえないか?」
南「・・・(苦笑い)」
俺「言っとくけど、『タッチ』だからな! あの安彦さんがキャラデザインした『ジャイアントゴーグ』もお父さんが作詞だけど、アレはあまりヒットしてないから、いらねえぞ」
南「(笑い)」
俺「そのかわり、企画が通って版権で儲かったら、南にスタジオ作ってやる。スタジオジブリにあやかって、スタジオだ地ビリっていうのはどうだ?雑草らしくて俺たちに似合いだろ」
南「(ウケてる)」
俺「あっちが宮崎ならこっちは茨城出身だから、俺は茨城遅男ってペンネームだ」
 ・・・なんて、遊びながらやってる。
 ちなみに、韓国の歌手BOAのヒット曲「メリクリ」の詞は、娘の高校時代の恋愛をモチーフに作詞したそうだ。恥ずかしそうに、娘の南が言っていた。
 その南のお父さんとは、一度だけ会ったことがある。とても明るくてサービス精神旺盛な人だった。『タッチ』を作詞した時は何度もやり直しがあり、唇が裂け、血が噴き出したそうだ。
「でもねえ、ウチのお父さん、たまあに突然キレるの・・・」
 娘がそんな事を言う。
「バカだなあ・・・。それは違うよ。たぶん、お父さんは仕事の戦闘モードに入ってる時に、それとなく見えないサイン出してるんだ。それを大雑把な南が気づかないだけだと思うよ」
 なんて勝手な想像で南のお父さん論で盛り上がる時もある。
 娘の証言によると、お父さんは台風の時に屋根に上って降りられなくなった猫を助けようとして、梯子を使って屋根に登ったそうだ。ところが梯子から落ちてしまい、しこたま腰を痛打したとのこと。それを尻目に当の猫ちゃんは、その様子を見届けてからスルリと屋根から降りてきたそうだ。
 南のお父さん! そんなシークレットの話をちょくちょく娘さんが聞かせてくれてますよ。
 そのお父さんは一時代を築いた人。その娘はいつかは自分の世界観を表現出来るようになりたいと願っている。
「打倒! 南の父!!」
 それをスローガンに頑張っている。