最低の男VS最低の男

                                                                                                           2015/09/02





とかくアニメーターはまともな「挨拶」が出来ない。
この雑草プロでは、まともな挨拶が出来なくて、どれだけ注意したかわからない…そしてどれだけ怒鳴りつけたかわからない。
何度も何度も怒られても、それでも懲りずに繰り返す。ひょっとしたら、「マゾヒスト」だと思ってしまうぐらいだ。

無理難題は言ってない。一日でたった一回の挨拶だ。それも世話になってる先輩や上司に対して、まともな挨拶が出来ないのだ。
普通の会社なら有り得ない。学生の運動部ならブン殴られる。それは来訪者に対しても同じだから、スタジオのイメージも悪くなる。

今回もまともな挨拶が出来ない新人に俺は怒った。ところが、ボケーッと黙ってるだけで「すみません」の言葉ひとつ出ない。この男それでなくても遅刻の常習者なのだ。
この雑草プロで毎回問題になる事は、まともな挨拶が出来ないという点と「ありがとう」、「すみません」が言えない点だ。特に最近の若者はそうだ。
つまり、他人に対して「感謝」する事が出来ない。失敗しても素直に謝れない…そんな低次元の事ばかりだ。
そこで作業中の仕事を取り上げて帰宅を命じた。俺は社会の最低限のルールが守れない人間は必要としない。そして新人は無言で会社を出て行った。

こういった輩はここだけではなく、他のアニメ会社にも大勢居る。目と目が合って、こちらが挨拶しても無視されることもある。
他社の人間に話を聞くと、「辞められちゃうから放っておく。」とか、「仕事さえしてくれれば人間性は諦めてる。」と言う言葉が返ってくる。
毅然とした態度を示さないから、ますます馬鹿アニメーターが増える。

そんな事があった後、別室で仕事をしていたら、帰宅を命じた男からメールが届いた。
その内容はお詫びの言葉はあるものの、その言い訳に呆れた。「挨拶が出来ないのは僕だけではありません。もっと出来ない人間が居ます。」
そしてメールの最後の締めくくりの言葉には、もっと驚いた。
「そういう事だ。」
「そういう事だ?…何だコレは?…」コイツは俺に喧嘩売ってるのか?…

そのメールの文章を雑草プロの何人かに見せると、みんな呆れていた。おそらくここを辞めるつもりで送ってきたメールだと俺は受け取った。
辞めてもらってもかまわないが、人の善意を悪意で返す人間にはお灸を据えなきゃわからない。いや、してもわからないかもしれない。わからなくても結構だ。わからなくても「人間社会の厳しさ」は伝えなければならない。

すかさず俺は返信した。「いい度胸だな、だったら君が今までここでどんないい加減な事をして、みんなにどれだけ迷惑をかけ、信用出来ない人間かをバイト先の店のオーナーに報告する。」というメールを送った。
俺は本気だった。俺は仁義に反する奴は許さない。
それでなくても今までこの男にはいろいろ考慮してきたし、問題を起こしても情けをかけて協力してきたからだった。

だが何度かメールを送ってみたものの、夜になっても返信はなかった。
そして俺は通告通りそれを決行した。バイト先のオーナーに事の始終を話した。
嫌な目にあったら、嫌な目でお返しするのが俺のマナー。そこまでするのもどうかと思うが、俺は最低の男だから成せる業。

それから一時間経過した頃、バイト先のオーナーから聞かされたのだろう、今回の張本人の男が俺の前に現れた。
新人「誤解です。誤解されるのだけは嫌ですから、それを説明しに来ました。」
俺「なんだ? 誤解って?」
新人「あのメールは実は、僕が書いたんじゃなくて、僕の先輩が書いたんです…」
俺「どういう事だ?」
新人「自分が失態を起こしてしまったんで、先輩に相談したんです。そして先輩にメールの文面を書いてもらったんですけど、よく確認せず送ってしまったんです…だから最後に【そういう事だ】というのは先輩が僕に対しての言葉なんです…」

メールの謎は解けたが、自分のお詫びの言葉を他人に書かせる神経がわからない…どうでもいいが再び呆れてしまった…
また本人に会社を辞める意志はなく、仕事は続けたいとのこと。
今回の件で彼の失ったものは大きい。だが、それでもアニメが続けたいのなら、俺はそれを尊重する。ここまで堕ちても「やる気」があるのなら、それは本物だろう。見栄もプライドもかなぐり捨てないと進めない境地もある。

そんなわけで、最低の男同士の戦いは一件落着となった。
ただ今回の件もまともな「挨拶」か「すみません」という一言があれば何も起こらなかったこと。そして他人にメールを書かせて、チェックもせず送りつけてきた事が、問題をさらに大きくしてしまった。
これで心入れ替えて、最低限のマナーを守って頑張るのなら、俺は協力するだけ。
最近の若者は本気で怒らないとわからない。今回の件で根本的なことは、本人の狭い心根が招いた結果だ。

だが時々俺の直球は知人から、たしなめられる時もある。
ある時、池袋の駅で電車待ちをしていた時。みんな行列を作って並んでいるのに、電車が到着した瞬間、二人の男子高校生が最前列に割り込んで乗り込もうとした。
俺は後ろから二人の肩を掴み、「みんな並んでるんだ。」と言った。
すると二人は「すみません…」と言って、すごすごと後ろの行列に向かって行った。
知人が「最近は危ない人間もいるから、あまり相手しない方がいいよ。」と言う。
確かにそうかも知れないが、俺みたいな馬鹿もいないと世の中は面白くないだろう。

とんだドタバタ劇だったが、俺はずっとドン・キホーテのように風車に突っ込み続けるだろう… 雑草達から毎回刺激的なアドレナリン貰って俺は元気。