馬鹿相手

                                                                                                           2015/11/23





アニメ界には、いろんな人間がやって来る。
一番困るのは、アニメの知識のカケラさえ無く、そのうえ全く絵が描けない人間。それに輪をかけて、自分は上手いと錯覚している馬鹿人間。
アニメの知識と絵の技術が、「一般のおっさん」と変わらないのに、それを入れてしまう会社も問題だが、とりあえずそれは置いといて話を進める。

この雑草プロには、そんな人間が何人かいる。
自分自身が全くわかってないから、描く絵のレベルは小学生の低学年レベル…

そのうちの一人、苦谷(仮名)は都内の実家から通う二十代前半の女。今年入ってきた新人で、すでに9ヶ月が経過しようとしている。
苦谷は俺の43年間のアニメ歴で、これほど下手でこの仕事に向いてない人間は見た事がなかった。そんな驚くようなレベルなのだ。
その苦谷がここに入ってきた頃の会話で、俺は度肝を抜かれた。

俺   「好きなアニメーターっているのか?」
苦谷「…特には…」
俺   「名前だけでも知ってるアニメーターはいる?」
苦谷「…あまり業界の人は詳しくないので…」
俺   「じゃあ、今までどんなアニメが好きで、どんなアニメを見てきたんだい?」
苦谷「深夜アニメです。」
俺   「深夜アニメっていろいろあるけど、見たアニメのタイトルは?」
苦谷「…」
俺   「じゃあ、一番好きな深夜アニメのタイトルでいいよ。」
苦谷「…」

アニメのタイトルひとつ出てこない…何を聞いてもアニメの知識が全く無いのだ…
続けて話を聞くと、アニメ界に入ってきたのに、ディズニーアニメを一本も見た事が無い…そして「蛍垂るの墓」すら知らないのだ。
…何を聞いてもアニメの知識が全く無い…コイツは本当にアニメが好きなのかと思ってしまった。

苦谷はそんなド素人だったため、2ヶ月以上練習させて、なんとか本番の仕事をさせてみたが、物覚えが悪い。
それでも自信があるのか、全く努力もしない。先輩のアドバイスも一切実行しない。思い込みが激しく、いつも自分の勝手な思い込みだけで作業をしている。
その苦谷の外見は全く「表情が無い」。何を話しても能面のような顔をしている。何事にも感動が無いのだ。
最初のうちは「おとなしい」だけかと思っていたが、徐々にその本性が現れはじめた。

俺が呼び出して何度注意しても、俺のアドバイスすら実行しない。
その苦谷を担当する先輩は、コロコロ変わる…そのあまりの低レベルと馬鹿さ加減に何人もの担当者が音をあげるのだ。
清書のスピードは「ナノレベル」普通の人間が10分程度で終わるトレスに何時間もかかる…
動画の中割りは「先割り」になる。つまり、原画よりも先に絵があるのだ。人物を歩かせれば、交互に足を出すのではなく、右足、右足と右足だけ動く…

先輩「歩きだって初めてじゃないでしょ?、どうして今までやった動画なり、資料を見ないでやってるの?」
苦谷「次に歩きのカットが来たら見ようと思ってました。」
先輩「今見ないと意味無いじゃない…それにこの絵は歩いてないじゃない、どうしてこんな間違いばかりするの?」
苦谷「…歩きのカットだと意識しないで作業してました。」と悪びれた様子も無い。
先輩「絵を見ればわかるじゃない!」

そんな苦谷の仕事は毎回、毎回、同期の人間や先輩達が尻拭い。それでも苦谷は平然と自分のペースは崩さない。

先輩「トレスさえ一向に上達しないんだから、上手い人の絵をみて参考にしたらどうなの?」先輩がそう言うと、苦谷は同期の新人の絵を見に行く始末…やる事なす事トンチンカン… そして先輩達は毎回毎回、苦谷の仕事の尻拭い。
あまりの馬鹿さと出来なさに担当者が、何度も変わるが、みんな途中でサジを投げる。

何故そんな人間に仕事を出すのか?
会社としては、ずっと練習だけさせといても、何の儲けも出ない。練習だけさせといても、動画用紙は使うし、電気代、雑費など儲けどころか赤字になるのだ。
それだったら、微々たる仕事させていくらかでも利益をという考えだ。
現場は大変だが、それでも本人が真面目に取り組む姿勢があるならまだいい。ところが、苦谷はそのカケラも無い…

先輩「トレスが上手くなるように何か努力してるの?」
苦谷「はい、ちゃんと努力してます。」
先輩「どんな?」
苦谷「失敗した時のために消しゴムで消す工夫をしてます。」

…物の考え方がおかしい…
担当者から何度注意や苦言を言われても、苦谷はどこ吹く風で努力はしない。

先輩「本当にもっと努力しないと駄目だよ。家で練習してるの?」
苦谷「いいえ、していません。」
先輩「どうして?」
苦谷「プライベートがありますし、家で練習しなくちゃいけないんですか?」

その話を伝え聞いた俺は激怒!
散々みんなに迷惑をかけ続けながら、そのセリフは捨ておけない。
苦谷の所に行って、南に命じた。「こんな奴、辞めたってかまわないから、向こうで言いたい事を全部言ってやれ!」腹立たしくて、俺はそのままスタジオを出て行った。
後で南から話を聞くと、南は苦谷に対して「みんなに迷惑をかけ続け、何の努力もしないあなたはお荷物です。」とキッパリと言ったらしい。
それでも苦谷は、話のズレた言い訳に終始したらしい。

しばらくしてから、苦谷が南の所に詫びに来た。
苦谷「私が間違ってました。」
南   「どう間違ってたと思うの?」
苦谷「はい、先輩に家で練習してると、嘘をつかなかった事です。」
その言葉が南にトドメを刺した。この人間には何を言っても無駄だなと…

苦谷を教えていた先輩の女の子は、南からその言葉を聞かされると、悔しくって泣いた。「私はそんな人を一生懸命教えていたんですね…」
それでも「自信家」の苦谷は平然として、何事も無かったかのように今も能面のような顔で仕事をしている。

「苦谷の絵」↓
    
●こんな絵のレベルで自信満々なのは頭が変…

明日から苦谷には、まともな仕事は回さない。中割りもさせない。再び練習と他人の下描き清書だけを回すことにする。
人間性はともかく、仕事も出来ない人間を何故クビにしないかって?
確かに足手まといの人間は、居ない方が現場の人間の作業ははかどる。
だが、本人に自分「自身を自覚」してもらわないと、こちらの「心の損失」は埋まらない。

南が言う。「自覚する頭なんて無いと思う…」
俺「それだったら、辞めると言うまで、延々と無駄な日々を与えてやるだけ。」

同業の皆様、もしご希望があれば、抽選で一名様に「苦谷」プレゼント致します。
自信を失ったアニメーターには、さぞや自信を授けてくれることでしょう。