もののけアニメーター

                                                                                                           2016/02/05





「もののけ姫」が「ハンセン病」を意識して作られていた事をテレビの報道で知った。

俺が「ハンセン病」という病気を初めて知ったのは、映画「砂の器」だった。
親と子の悲しい宿命…
後に何度かテレビドラマにもなったが、映画の足元にも及ばない。俺の意識の中では、映画の砂の器しか「砂の器」ではない。

俺が高校を中退してアニメ界に入った頃、その映画が公開された。その映画に感動して、俺はさっそく松本清張の原作を読んでみた。だが映画の方がすばらしかった。
原作ではクールな主人公が「超音波」を使って殺人を犯していく。そして映画のメインの親と子の放浪の旅は、たった数行しか書かれてない。松本清張本人が「原作を超えた映画」と評したほどの出来映えだった。

原作で面白かったのは、出雲弁の表現の仕方が良く出来ていた。
「そげだ、そげだ、もかす、あのすとが、いっちょおおますた。」(そうだ、そうだ、昔あの人が言ってました。) と言った具合に文章の表現が凄かった。

砂の器に感動した俺は、映画の舞台になった島根県の「亀嵩」に二度ほど行っている。
初めて行った時は、地元の人の言葉が半分以上わからなかった。まして方言まで入るとますます困惑した。
「えらいねぇ~」などと言われても、「別に偉い事なんかしてませんよ。」と返す始末…(えらいねとは大変だねの意味)

  
亀嵩駅の看板                                                            親子が潜んでいた神社   


日本ではそのハンセン病も90年代に入ってから、やっと国が隔離政策の間違いを認めた。
よもや「もののけ姫」がそういった要素があったとは驚きだった。
引退してしまった「宮崎駿さん」には、是非とも復活してもらい、今度はそういった抽象的な表現ではなく、真正面から捉えたハンセン病のアニメを作ってもらいたいと思う。

俺が映画「砂の器」を好きだと言うと、南のお父さんは驚く。
「だってあの映画は柳田さんより、ひと時代前の人が好きな映画でしょ?」
いや、俺の子供時代の昭和三十年代には、ああいった病気の物乞いの人達が田舎に現れた。
特に俺の実家の神社には、よくやってきた。ボロボロの衣服をまとった物乞いの人が、神社の神楽殿や絵馬堂で一夜を明かしていた。
そして見てはいけない現場を見てしまって、子供心にショックを受けた事もある。

小学校の帰りに、家の神社の絵馬堂の前に差し掛かると、建物の中に人影がある。目を凝らして中を見ると、みすぼらしい格好の老婆と幼稚園児ぐらいの女の子が居る。
そして老婆と幼女の目の前には、近所の老人がおにぎりを持って立っていた。
そしてその老人は、幼女に向かっておにぎりをかざして「コレ欲しかったら、アソコ見せてみろ。」と言い放った。(本当はもっと卑猥な言葉だったが…)
ヨレヨレの老婆は無言のまま、幼女がゆっくりとうなづいて、汚れた着物の裾をまくし上げ始めた瞬間、俺はその場から走って逃げた。
なんて可哀想な事をするんだろうという思いと同時に、子供ながらに食って生きるという事は大変なんだと思った…

時々現れるそういった親子連れの物乞いの人に、近所の子供達が石を投げて追い払っている光景なども見た。
まさに子供時代に映画さながらの光景を俺は何度か見た。

昭和三十年代の田舎は貧乏な家も多かった。親子七人が四畳半のほったて小屋で生活していた友達もいた。そして戦争のなごりが田舎にはまだ残っていた。

ある時、学校の同級生が一人の女の子を囲んではやし立てていた。
「やあい、海賊、海賊!」

海賊???…

その意味がわからず、同級生の一人に訪ねた。
同級生「コイツのオヤジはな、戦争で片足が無いんだ。」
それを聞いた瞬間、胸が張り裂けそうな思いにかられた。自分の事だったらまだいい、よりによって親の悪口だ。それも好きでそうなったんじゃない…

「止めろよ!」と言いたかった…だが言葉が出なかった…
その女の子を庇えば、必ず「お前、コイツが好きなんだろう。」とはやし立ててられ、そんな噂が流される。そんな事を恐れた俺は女の子を庇うことも出来なかった。
そんな情けない自分が悔しかった。でもその女の子のお父さんの悪口は絶対に言うまいと誓った。

俺の子供時代の体験は、現在ならば学校や地域で問題になるのだろうが、当時の特に田舎は、人権など殆ど無かった時代だった。
今では差別用語に当たる言葉でさえ、常用語として使われていた。

俺はギリギリそんな「砂の器」にあるような悲しい思いを体験してる。
だからあの映画には多少当時をオーバーラップしてしまうのだ。


                                
                                昭和30年代の風景。右端の帽子を被っているのが筆者。


最初の話に戻るが、宮崎駿さんが「ハンセン病」に対する思いがあるならば、是非とも真正面から取り組んだメッセージアニメを見てみたい。

映画砂の器の最後の言葉に「どんなに時代が変わっても、親と子の宿命は永遠である。」とあるように、現在でも親と子の悲しい宿命はある。
雑草プロで多くの若者と出会うと、中にはとんでもない親子関係を相談される時もある。
今までそういった事が何度もあった。「今の父は四人目です。」とか、詳しくは言えないが、中にはトンデモナイ親もいて、それがトラウマになって心を病んでる女の子もいた。

それも「宿命」なら俺はどうする事も出来ない。現代は物質的に裕福でも、精神的に貧乏な若者も多い…
まるで「もののけ」のような親子関係…それを払いのけるには強くなるしかない。

砂の器の親子関係は悲しいけど、親子愛があった。今はそれさえも無い親子関係を聞かされると、どっちが幸せなのか考えてしまう…

俺か?…
俺だったら、どんなに貧乏でも差別されようとも、砂の器の方を選ぶ。

ここには精神を「もののけ」に取り憑かれた人間が出入りする傾向が多い。それでもそれを自覚している人間ならまだいい。それさえも本人には自覚が無く、孤独だけを求めてやって来る…
そうなると仕事を教える事も出来ない。最後は俺を恨んで去って行く。

そんな「もののけアニメーター」は二種類。最初からもののけに取り憑かれてる人間と、いつしかアニメ界のもののけに取り憑かれてしまうアニメーター。
もののけに取り憑かれるアニメーターは至って真面目。責任感も強く、頑張って頑張って、頑張り過ぎて、自分を追い詰め、いつしか精神をもののけに取り憑かれて去って行く。今までそんなアニメーターを何人も見てきた。名前を上げれば、業界人やアニメオタクの人間はビックリするだろう。「アニメーター」として家族を養って生活する事はかなり辛い。
ネームバリューのある人間は決して手を抜けない。負ける事が出来ないからだ。いつも全速力で突っ走ってる。だから耐久性も短い。

俺みたいな名も無い二流どころのアニメーターは、ネームバリューも無く、プレッシャーさえ無い。だから耐久性があるのかもしれない。そして頑張り過ぎないから、もののけに取り憑かれる事も無い。だが、やることだけは、しっかりやっている。
そんな俺でも、全速力で走って、もののけに取り憑かれそうになった時期もあった。その長年の経験で、今の俺があるのだから、新人達には今の俺を真似してもらっては困る。全速力で走ってから判断しないと意味が無い。

4月で俺は60になる。雑草プロのみんな、いろんな面で俺をもう少し楽にさせてくれ。
ただし、くれぐれも、もののけに取り憑かれないようにな。