人海戦術







平成26年の春を迎え、雑草プロにも多くの新人が入ってきた。

だが、もはや一人が脱落した。大学を卒業した青年で、地方から上京して、近くにアパートまで借りたのに、二週間足らずで去って行った。

その青年は初めての一人暮らしで、身の回りの事をするのが辛いとも言っていた。そして、たった二週間の練習で諦めた。

つまりは考えが甘いのだ。そして「本気」ではないのだ。

おそらく趣味で見るアニメと、現実に作業するアニメとのギャップに目が覚めたと思う。

ここに来る若者達は、そういった人間があまりにも多い。基本的なアニメの知識さえ無いのだ。

今やこれだけ雑誌やネットなどでも、取り上げられてるにも関わらず、アニメーターの生活が大変だという認識がないのだ。

そのへんは面接で説明されているのだろうが、それでもタカをくくって入ってくる。 低賃金というのはメンタル面での脅しだと勝手に思ってしまう。まさか現実にそんな金にならない世界があるとは思わないのだ。

また、アニメ界の支払い形式は、だいたいが40日後とかなり遅い。

例えば4月の新人が本番の仕事まで、2ヶ月間の練習期間があったとしよう。殆どのアニメ会社は完全出来高制の賃金だから、その2ヶ月間は全くの収入が無い。

そして6月から本番の仕事に入ったとしても、月末に締めるので、その金が出るのは8月になるのだ。それも微々たる金で、最初は2~3万円程度だろう。

それでも夢見る若者達はやって来る。落書き程度の画力でも、自分を過大評価して自信満々にやって来る。自分なら、すぐにでも稼げると信じて。

他の有名どころの会社と違って、ここは「レベル制限」と年齢制限も無い。来る者拒まずなのだ。

中でも驚くのは、今回の新人の中で、「44才」の新人までいる。

それまで他業種の仕事をしていた男なのだが、他のアニメ会社では考えられない。例え下請け会社でも受け入れないだろう。現在は練習に励んでいるが、まだまだ本番までの道のりは遠い。

別に44才でもかまわないのだが、俺の知る限り、30才を過ぎてアニメを始めた人間で、成功した例は聞いた事がない。

40過ぎの新人と言っても、ここでは初めてではない。過去には何人もいた(笑わないで)

この会社には、大昔に30才を過ぎた新人の男が在籍していたことがあったが、やはりどこのアニメ会社でも断られたらしい。

その男はどうしてもアニメがやりたくて、最後にサンライズに電話をして相談したらしいのだが、散々説教をされたとのこと。

それでも練りに練って、ここを紹介されて入ってきた。

アニメ界の低賃金にも無頓着で、本人の話によると、ホステスのヒモだったらしく、羽振りは良かった。

一度会社に車で出勤して来て、社長に車が邪魔だと説教されていた。

車は当時人気だったセリカ1600GT。遠い遠い大昔である。

さて、話を戻して、雑草プロの44才の新人、仮に襖君と名付けよう。

その襖君が今後どうなるのかは、誰にもわからない。
俺が気になるのは、技術的にも性格的にも全くアニメーターの匂いを感じない。全てのプライドを捨てない限り彼の成功は無いだろう。

ひょっとしてビッグネームになるかもしれないが、それはかなり厳しいし、奇跡を待つしかない。

もし襖君が今後アニメーターとしてビッグネームになったなら、それはそれで業界に衝撃が走るだろう。

そうなれば俺もそのレジェンドを垣間見ることになる。果たしてどうなるか…

この会社は業界でも「人海戦術」の会社として有名だ。
俺の代名詞のドン・キホーテは、もはや会社の方が相応しいのかも。