大人の子供







会議中に突然メールが届いた。一体何だろうとメールを覗いてみた。

送り主はスタジオの内山(仮名)だった。そのメールは出だしから変だった…

そうだったんだ、知ってたんだ、柳田さんは最初からわかってたんですね…お見通しだったんですね…(なんだこりゃ?)
そうなんです、僕が愛してるのは、ご存知のように鮎田さん(仮名)なんです。

???…何?… 俺はそんなの知らない…初耳だ…

メールをよこした内山は27才の新人の男で、練習期間を経て、やっと本番の仕事を始めたばかりだった。

何の為にこんなメールを?

翌日、内山を呼んで話を聞いてみると、俺が知らなかったのが意外という表情で驚いていた。

俺は内山には困った事があったらいつでも言えよとは言ってあったが、この男、思い込みがかなり激しい。思い込んだらそれが事実になってしまう。

そんな思い込みの一例を紹介すると、内山は、あるアニメ主題歌を歌ってる歌手と交際してると自慢していた。

俺は内山が彼女とどんな交際をしてるのか、興味があった。

ある時、内山と二人きりになった時、その事を内山に聞いてみた。

すると「文通です。」と答えが返ってきたので、今時珍しいなと思った。だが話を聞いてると話のつじつまが合わない。その点を突っ込んでみた。

すると、内山は突然泣き出した…

全てが内山の勝手な妄想だった…

それはファンである内山の一方的な思いで、ただ手紙を出し続けていただけだった…

それも7年間もの長い間…

相手にもされず、返事も来ず、それでも内山は思いを伝えたくて、7年間もラブコールを続けていたらしい…

そう話す内山は、嗚咽まじりの声で「そっ、そうなんです、いっ、妹にも、もう諦めなって、言われたんですけど…」と泣き崩れた…

どうにもならない思いと、張り裂けそうな気持ちを抑えるのに、7年間苦しんだとのこと。

そしていつしか自分自身の心が壊れないように、交際していると妄想して、生きてきたと語り出した。そんな告白に俺は呆気にとられた。

内山は出会った時から妙に馴れ馴れしく、いろいろ相談を持ちかけてきた。その明るい性格の内山の涙にも驚いた。

その思い込み男が今度は何を?…

俺の目の前でニヤニヤした、にやけ顔の内山は、「鮎田さんの事なんですけどぉ、たぶん、向こうも僕のことはまんざらじゃないと思うんですよねぇ~」と、自信ありげ。

結局の話、俺に中に入ってもらいたいらしい。

「最初は2人きりというのも変ですから、柳田さんが僕と鮎田さんをさりげなく、食事に誘うってのはどうでしょう?」と内山。

「もちろん鮎田さんの分は僕が持ちます。」と付け加えた。

そんな内山の提案に俺は協力してみた。うまくいけば内山の7年越しの妄想の恋も終わる。

一緒に食事に付き合ってみたが、当の鮎田本人は、さほど内山には興味がなさそうだった。

それでも内山は、「最近、僕と鮎ちゃんは、いい雰囲気でしょう~」とご満悦。馴れ馴れしく、もう鮎ちゃんなんて呼んでやがる…

内山と鮎田の席は隣同士。内山はいつもニヤニヤしながら、何かと鮎田に話しかける。

「僕ね、鮎ちゃんの仕事手伝ってあげる。でも僕は手伝った仕事のお金はいらないよ、その代わり一緒にゲーセン行こう。」

馬鹿かコイツは…

27才の男が、幼稚なアタックしやがって…

内山は本当に純情な男だった。だがそれと同時に全く空気が読めない。

鮎田が仕事のミスで、打ちひしがれながら仕事をしていても、隣でニヤニヤ。何かとまとわり付こうとする。

そんな様子に思い余って、俺は内山にメールをした。「今、鮎田は一人になりたいんだ! お前は仕事が終わったんだから、早く帰れ!」

そのメールを見た内山は、そそくさと帰って行った。

その直後、内山からメールが届いた。「これからは柳田さんに挨拶して帰るようにします。」

…???…(訳がわからん…)

とにかくコイツはマイペース。困った事があったら、俺を兄貴だと思って遠慮するなと言えば、翌日のメールで馴れ馴れしく「兄ちゃん」…

でもどこか憎めないトボケた奴だった。

休みの日に内山から相談を受けたこともあった。

深刻な表情で話す内山の相談とは、「僕、健康保険とか、年金とか払ってないんです…今収入も少ないし、どうしたらいいかと思って…」

そう言われても、俺も貧乏だし、そこまで面倒は見られない。

何かいいアイデアはないかと、二人で考えた。時間は刻々と過ぎ、内山の悲壮感漂う話は一時間ぐらい続いた。

内山「そうだ、僕、いらないCDが400枚ぐらいある! それを売れば何とか…」

俺「そんなの一枚、50円ぐらいにしかならないよ…単純計算して全部売れたって、2万円程度だぜ…」

あれやこれや考えているうちに、俺はある事に気が付いた。

内山は実家から通勤している通勤組み。両親も健在で親のスネをかじってる男。

「なぁ内山、親父に相談してみろよ、それでダメだったら、また考えよう」俺はそう提案してみた。

内山「その手がありましたね。」と急に明るくなった。

俺「それになぁ、もう27になる男が、そんなこと解決出来ないで、何が恋愛だ。もし自分で解決出来なかったら、俺はもう鮎田との事は協力しないからな。」

痛い所を突かれた内山は、「わかりました、自分で解決します。」と、今までのショゲ方が嘘のように元気になった。

翌日会社に着くと、「柳田さあ~ん。」と明るい表情の内山が、俺の所に走って来た。

内山「夕べ父に相談したら、今までだって俺が払ってたんだから、お前はそんな事心配するなって言われましたぁ。」と満面の笑顔。

「なに?」…

じゃあ悩む必要なんてなっかったじゃないか…

それもそんなアッサリ解決するなら最初から…

昨日の俺との時間は一体何だったんだろ…そう思うと、一気に体の力が抜けていった…

思い込みの激しい内山のことだから、昨日の段階ではきっと人生の終わりぐらいの悩みだったんだろう。

「柳田さん、約束ですからね、自分で解決したんだから、鮎ちゃんを誘って遊びに連れてってくださいよぉ」そんな約束だけはしっかり覚えていやがる。

さっそく鮎田を誘って会社の何人かと、遊園地の「あじさい祭り」に出かけた。

夕方からだと入園料が300円。貧乏なアニメーターは見逃さない。

そして内山だけがこれ以上ない満面の笑顔で、ハイテンション。

だが俺は鮎田には告げていた。「内山の気持ちは知ってるだろ? でも全く気が無いなら、アイツがどんなに傷ついても、ハッキリ引導渡してやれよ」と。

あじさい祭りの出店に高価な本が置いてあった。7000円もする。

俺はその本を手に取ると、遠くに居た内山に聞こえよがしに「鮎ちゃん、コレ欲しがってたなぁ…」とデマカセの情報。

しばらくすると、内山は鮎田を呼んで「鮎ちゃん、僕この本買ってあげるよ」なんて言っていた。当然鮎田はそれを断った。そんな様子を陰で見て笑っていた悪い俺。

その日の記念写メは、内山の顔が一番輝いていた。

その数日後、「僕が昼食おごりますから、鮎ちゃんまた誘ってくださいよ。」と内山の誘い。

その事を鮎田に告げると、怪訝な表情で「本当ですか?… 実は、…あの、あじさい祭りの夜に内山さんにハッキリ断ったんです。」と言い出した。

初耳だった! そんなこと内山からも聞いてない…

鮎田が続けた。「私、内山さんからおごってもらいたくないんです…おごってもらうと、内山さん、必ず見返りを言ってくるんです…」と表情が曇った。

恋愛経験の無い内山は、誘い方が小学生レベル…

断られても内山だけは、まだ諦めてなかったのだ。

鮎田のその言葉を俺はそっくり内山に返してやった。そして俺も諦めるように諭した。

その日から、内山に元気が段々無くなっていった。

それからの内山は仕事でもミスが目立ち、元気が無いので、俺は内山に励ましのメールを送った。

言葉はキツいが、「今は女の腐った姿」だと。

だがメールの最後には、これを克服して、君が男になれる事を願っているとエールを送った。

ところが、内山は最初の「女の腐った姿」という文章だけを捉えて、会社を辞めると言い出した。

「柳田さんから酷いメールが届いた」と陰で大騒ぎ。

心配して内山の同期で親友の太山(仮名)が俺の所に駆け込んで来た。

「一体何があったんですか?」焦る太山に、俺は内山に送信したメールを見せた。

すると「アレッ、…???… これは励ましのメールじゃないですか…一体あの男は何を考えてんだろ?…」

その後、内山は親友の太山から、こっぴどく説教を食らったらしく、退社を撤回して俺に謝りに来た。

そんな内山は本当に面倒くさい男だった。それでも俺は不器用で純情な内山を憎めなかった。

だが、内山にとって現実の失恋は、よほどの痛手だったのか、最初の頃の元気は戻らなかった。

仕事でも単純なミスを繰り返す。仕事で情けは、かけられないから俺が怒る。

しまいには俺の冗談にも一切笑顔は見せなくなり、口もきいてくれなくなってしまった。

さすがに俺も腹が立って、「そんな嫌な空気を撒き散らして仕事するなら辞めちまえ!」と怒鳴った。

すると内山は無表情のまま立ち上がって、「わかりました」と一言。能面のような無表情の顔で、机の上の荷物を片付け始めた。

俺はその様子を眺めながら、たぶん内山は頭に血が登っていて、冷静になればわかる。そしてまた明日になれば来るだろうと思っていた。

ところが、それっきり…

内山は消えてしまった…携帯も繋がらない…

今頃何をしているのやら…

あのにやけた笑顔だけでも、戻ってくれていたらそれでいい。

面倒くさい男だったけど、内山との日々は楽しかった。アイツはただ大人に成りきれなかった可愛い奴だった。

アニメーターを目指す人間は、どこか子供っぽい奴が多い。

そんな奴等と未だ、対等に付き合える俺もそうなのかもしれない。

その内山と鮎田も今はもうここには居ない。

「大人の子供」完。