徴点







4月に入った新人が、また一人リタイヤした。

21才の地方から出てきた青年で、理由は貯金が底をつき始めたとの事。

彼の話を要約すると、アニメーターという職業は親にずいぶん反対されたらしい。

親には金銭面では絶対に迷惑をかけない、だから自分の好きな事をやらせてくれと、押し切って親元を離れた。

アニメーターになるのを目指し、バイトに明け暮れ、地方のアニメ学校に二年間通った。

そして多少お金が貯まった頃、憧れのアニメ界に入って来た。

だが、現実のアニメ界は想像以上の世界だった。

アパートの契約や、引っ越し費用に五十万円ぐらいかかり、練習期間中は収入にはならない。

生活費は全額貯金を切り崩し、保険や年金までキチンと払っていたらしいから、貯金は減る一方…

練習期間も終わり、やっと本番の仕事を始めたが、ひと月働いた金額が約一万円。家賃どころか年金さえ払えない。

まだ多少の貯金はあるものの、今後の生活の破綻は目に見えている。

本人もまさかアニメーターという職業が、これほどまで過酷でシビアな世界だとは思わなかったのだろう。
そして決断した。実家に戻って、新たな道を模索するらしい。

酷だけど、計画が甘かったとしかいいようがない。

アニメーターという職業を始めても、最初の半年や一年は食えない。

食費どころか、アパート代さえ払えない。

だから地方から出てくる新人達は、みんな一年や二年は無収入だと覚悟して、お金を貯め込んで飛び込んで来る。

もしくは実家から完全な生活援助の送金を受けて始めている。

100万円貯めてアニメの道を目指しても、地方から出てくる人間は、あっという間にお金が消える…

彼にとっての2ヶ月間は何だったのだろう? そして何が残ったのだろうか…

彼のアニメ界での存在は何も残らない。数カットの動画を描いたという小さな点でしかない。電子顕微鏡でしか見えない小さな点の功績。

彼が居なくなっても、巨大なアニメ界が揺らぐ事はない。

ちっぽけな点は、次から次とアニメ界に現れては、徴だけ残して消えてゆく。

憧れだけでアニメ界に入って来る若者は大勢いる。

だが、憧れと同時にお金とよほどの覚悟がないと、アニメ界では生き残れない。

これからも数多くの点が、アニメ界に徴を残して消えていくだろう。

寂しいけど、俺はそれをずっと見続けなければならない。