アニメーター交差点







今までいろんな若いアニメーターと出会ってきたが、俺の苦手なアニメーターもいる。

そのアニメ作品の内容よりも登場する「キャラクターが好き」というアニメーター。

または「声優」が好きというアニメーター。

アニメ技術はお粗末なくせに、アニメの雑学だけは非常に詳しいアニメーター。

そういったアニメーターはだいたいが駄目なアニメーターが多い。

この雑草プロにもそういったアニメーターもいるが、そういう輩で上手い奴は一人もいない。

雑談を聞いていると話についていけないし、どうしてアニメーターになったんだと言いたくなる。

そういうタイプは、殆どが親のスネをかじってアニメをしている連中だ。

実家から通勤してるか、毎月多額の仕送りを受けている人間。自立して生活しているタイプでは、あまり見かけない。

地方から上京してくる若者は、だいたいが二年間は親からの仕送りがあるようだ。

そして二年間の仕送りがストップすると同時に、アニメを辞めていく若者が多い。

中には毎月の仕送りが破格の人間もいた。

家賃、光熱費、食費、雑費などの生活費全額が仕送り。オマケに小遣いが5万円まで付く、お金持ちもいた。

そいつの名前はウドン(仮名の男)

ウドンの昼食は毎日好物の「うなぎ」だった。

そのウドン、仕事で失敗すると「すみませんでした」と言っては、必ず何か物を差し入れに来る。それが度重なり、「刺身の舟盛り」まで持って来た時には、さすがに「やり過ぎだぞ」と注意した。

最初はウドンの性格がわからなかったが、そのうち段々ウドンの性格がわかってきた。

ウドンは気が弱く、感受性が強く、性格も優しすぎた。人に対して嫌な思いをさせたくないという感情が異常なほど大きかった。

本人の話によると、高校受験の当日に路上で、ある宗教団体のおばちゃんに捕まったとのこと。

一生懸命に説明するおばちゃんに申し訳なくて「これから受験なんです。」という言葉が出せない…

そして受験会場にも行けずに受験は失敗、というぐらい人に気遣いしてしまう…

ウドンは医者の息子で、仕送りも裕福だったから、しょっちゅう同期のアニメーターと夜中に出掛けては全額おごっていた。

ただただ、人に嫌われたくないという理由だけで…

そんな話を耳にした俺はウドンに説教。それでもウドンは俺に隠れておごり続ける。おごる相手には「柳田さんには内緒にして」と言って…

一向に変わらないウドンの行動に、俺は怒った。「人の心を物や金で買うな!」

ついでに今度はウドンの同期の人間も呼び出して説教。「ウドンがおごってる金はウドンの稼いだ金じゃないんだ、親からの仕送りの金を君らは使ってるんだ!」

そしてウドンからおごってもらう事の禁止令を出した。

仕送りを泡銭のように使ってしまうウドンにも仕送りを減らすように諭した。とりあえず仕送りは家賃と光熱費だけを援助してもらう事になった。食い扶持ぐらいは自分で稼げと。

もともと性格が素直なウドンは、それを承諾したが、感受性が強すぎる分、他人には異常なほど気を使った。そしていつも他人の顔色をうかがっていた。

「僕は他人にどんな目で見られているんだろう…」

そんな心の奥底に溜まるストレスは大きかった。そのハケグチをウドンは夜中の運動で発散していた。時には休みの日に俺もウドンの運動に付き合った。

それでも心が挫けそうになると、俺は夜中の3時ぐらいまで話に付き合った。そんな事が度々あった。

話がこじれる時もあった。ウドンのひねくれゼリフは「じゃあ今すぐ辞めます…」

「今すぐ辞めると、会社の規約で金が出ないぞ」と俺が言うと、ウドンは「お金なんて要りません!」と開き直る。

俺も黙っちゃいない。「裕福だからそんな事が言えるんだ! お前は一生親のスネかじって、家畜みたいに生きろ!」

俺は言葉の直球しか投げられない。でも嘘は言わない、正直に本気で怒る。どうでもいい奴には何も言わない。感じてくれる奴だけわかってくれればいい。ウドンは感じてくれる男だった。

ある時ウドンが血相を変えて、俺の自宅に飛んで来た。

「これは会社からは、絶対に柳田さんには言うなと、口止めされてるんですけど、僕…柳田さんに隠し事するぐらいなら、クビになったっていいんです…」そう言って話し出した。

俺は会社に嫌われてる。だからといって、ウドンの持ってきた情報で俺は動かなかった。ウドンが困るだけだし、その言葉だけが嬉しかった。

俺はいつも「アニメーターはなぁ、何かひとつ武器を持たないと駄目だぞ。」と言っている。
「動画が丁寧で上手いとか、スピードがあるとか、メカが得意だとか何でもいいんだ。」
その言葉にウドンが発奮したのか、ウドンは早さを求めだした。それまで動画をひと月に200枚程度の枚数しか描けなかったウドンが、3ヶ月後には700枚を超えるようになった。

後にウドンから話を聞くと、アパートに帰ってからも毎日夜中まで練習してたらしい。
「僕は南さんのように早くなりたかったんです。」少し自信が付いたウドンは、それから毎月700枚を下回る事はなかった。
どんな面倒な仕事を回しても、愚痴ひとつこぼさず頑張って、ウドンは動画の枚数ではエース級になっていった。

そんな頑張り屋のウドンだったが、ウドンはアニメを辞めて転職した。

アニメを辞めた理由は、早く自立して彼女と結婚したいという理由だった。

その彼女とは、何を隠そう、雑草プロの電話番「土条」なのだ。

俺が一番迷惑なのが、お互いから聞きたくもないノロケ話を聞かされる事。(お互いを誉め合ってる)

ウドンは俺と揉めた分だけ強くなった。何故かウドンは俺の感情を本気にさせる男だった。ウドンとは今でも交流がある。

俺はウドンをアニメーターとして育てるという作業には失敗したが、友人としての作業には成功した。

俺はそんな漫画のような「人間交差点」経験してる。