納豆走法
雑草プロにはなかなか若い人間が来ない。
年齢も他のアニメ会社では受け入れない25才以上の未経験者が多い。それまで他業種で働いていた転職者達だ。
それも前の仕事が絵に関する仕事ならまだいい。それが全く違う職業だからやっかいだ。
どんな職業かと言うと、鮮魚店・遺跡発掘・老人介護・新聞配達・郵便局・映画館店員・電鉄会社・食品会社・受付嬢・製紙会社・携帯店員・保育園の先生・主婦・各種店員、プータローなどなど様々だ。
みんないっぱしの大人になってから、アニメに突然目覚めて入ってくるから、アニメの知識が全くない。シートの見方がわからないどころか、原画と動画の違いさえもわからない。それどころか何を使って描くのかさえ知らずに入ってくる人間も来る。
知人からはよく驚かれる。アニメの創世記ならまだしも、今どき全くの素人を教えながら育てる会社の存在にビックリされる。
実技テストは無し、年齢制限も無し、そしておよそ30年以上も前の低賃金にも驚くようだ。
ここはまるで昔の東映アニメにあった「アパッチ野球軍」みたいだ。
ボールを握ったことも無い、バットを振ったことも無い、そして野球のルールさえも知らない…
そんな悪童達が、野球に目覚め最強チームになっていく。そんな話だった。
ここもそうなって欲しいが、まだ若ければ努力次第で化ける可能性もある。年齢が25才を過ぎた何の知識も無い素人が化けることは殆ど無い。
25才以上の年齢でも、漫画家のアシスタントをしていたり、ある程度の画力があるならいいが、ここに来る連中は画力さえ怪しい。
アニメ学校を卒業して来る若手でさえ、レベルが低くて殆どが他で断られた連中ばかりだ。
そういった連中を何とか鍛え上げて、一定レベルの動画を描けるようにはしてるが、原画になると難しい。
上手い人間は一握りで、中の作監が直しまくって、プロレベルを保っているというのが現状だ。
40年間いろんなアニメ会社を渡り歩いて来たが、大小の違いはあれ、アニメーターなる人種は世の中の事には無関心だ。自分の世界だけで生きている。周りのことは考えたくない、他人に興味があまり湧かない人間が多いようだ。
この雑草プロも同じ。それに輪をかけて幼稚な人間もいる。その日の気分次第で性格が違う人間もいる。
冗談言っても笑わない。笑顔を見せる事もなく作業する。良い言葉で言えば子供のように純真なのだ。時には裏切られ、逆恨みされる事もある。
俺は今まで親会社の制作体制や人間性を批判してきたが、アニメーター側にも問題はある。
中にはいい加減な人間もいて、締め切りを守らない、ならまだしも突然蒸発する。そんな一般常識の欠如、自分勝手で人間関係が築けない、などがあげられる。
会社として「給料」を払って人を育てるには時間と金がかかる。一人一人の人間を理解しようとしても、多大な労力を消費する。
そんなリスクを避ける為にも親会社は「外注システム」の方が都合がいいのだろう。リスクと面倒くさい部分は下請け任せ。
今までとんでもないアニメーター達との出会いもあった。親会社サイドから見ればそういった不満もあるだろう。
元受けも下請けもお互い不満を抱きながらやっている。
本音を言えば、この雑草プロで、本物のプロと言えるのは一握り。あとは無駄だと感じながらも、出会ってしまったからには一生懸命やっている。
エフワンに例えるなら、雑草プロはフェラーリチームではない。数年落ちのマシンを駆使して、予備予選を戦って本戦に出場しているチームみたいなもんだ。
それはそれで面白みもある。エースチームも下位チームも本気さは変わらない。
中島悟の「納豆走法」で粘るしかないか。