揺れる心
「何でアニメーターの人達って、きちんとした協会を作らないんですか?」
脚本家達からよく言われる言葉だ。
「脚本家協会はしっかりしてるから、問題あったらすぐ対処しますよ。どうしてなんでしょうねぇ。」
土台無理な話。
アニメーターの世界は一枚岩じゃない。
てんでんバラバラで、みんな自分達の生活の事で精一杯。
ましてアニメーターなる人種は、自分の腕を磨く事が第一で、時間も無いしそんな策士もいない。
下請けのアニメ会社にしても、そんな組織が出来ても、必ず抜け駆けする会社が出てくる。
「ウチでは贅沢言いません。協会より二割安い制作費で作ります。」なんて言い出す会社が必ず現れる。
これに似たような話はよくあった。「○○プロがいくらで請け負うなら、ウチはそれより安くやりますよ。」
昔「映画産業労働組合」なる組織があったが、(現在はわからない)の人の話によると、当時協会に所属していたアニメーター達は、みんな仕事を干されたらしい。そんな話を勧誘に訪れた幹部の人から聞いた。
またある大手のアニメ会社の組合でいろんな問題が発生した事もある。
ある演出家「ほら、あの制作の幹部の○○、アイツは元々組合の幹部だったんです。ところが、組合の情報を全部会社側に流して今の地位を得た汚い奴なんです。」そんな話がいろいろ飛び交った。
俺はそんなドロドロした人間関係には巻き込まれたくないし、かえって人間不信になってしまう。
だから個人的に嫌な目に合ったら、個人的に返す事にしている。
せめてアニメ界もサッカーのFIFAみたいな組織があって、問題を起こした人間や、人種差別をするアニメ会社は出場停止処分にするとか、最低限のルールは必要だな。
ここにいる雑草達とこういった話をする事は無い。
仕事の妨げになるだろうし、あまり興味も無いだろう。
たまに安酒を用意して、くだらない話をする程度。
つい最近、仕事が終わってから、安い酒を用意して、何人かで酒を飲んだ。
楽しく飲んで、さぁ、お開きにしようとなった時、中年の原画マンが口を開いた。
「相談なんですが、二週間後ぐらいに辞めたいと思うんですが…」
何でこのタイミング…???
複雑で様々な思いが頭の中で駆け巡った。
俺が不快感をあらわにしたら、この場が台無しになる。そんな気持ちを押し殺して、「わかった、その話はまた明日にでもしよう。」と言って、酒の席はお開きにした。
翌日、その非常識な男に言いたい事は言った。そして二週間後は突然過ぎるので、1ヶ月後に彼は辞める事になった。
彼がまだ動画を描いてた頃、彼は一度アニメを辞めようとしていた。
だから俺は彼に言った。「これは上司としての意見じゃない、あくまでも同じアニメーター同士としての意見だ。君がアニメを辞めるのは自由だ。だけど原画を経験しないで辞めるのはもったいない。原画は動画と違って、また別の世界があるんだ。辞めるのは、その別の世界を経験してからでも遅くないんじゃないか? 時期が来たら、俺が必ずチャンスを与えるから、もう少し頑張ってみたらどうだ?」
その言葉に興味が湧いたのか、彼は会社に残って後に原画マンになった。
原画マンになった彼は、キツい仕事にも愚痴ひとつ言わず頑張っていた。
その頑張りに俺は、時々晩飯を差し入れたりしていた。
そして彼の口から「柳田さんの言ってた通り、原画の世界は動画と違って別世界でした。」と聞かされた時は嬉しかった。
そんな彼の姿を俺は、段々アニメの奥深さがわかってきたのだと思っていた。
ところが、突然の退社願い。
本人に全く悪気は無いのだが、彼は全く空気が読めないし、人の心がわからない。感情を排した「機械的」な性格なのだ。
退社をどこで申し出ようが、法律には触れない。それは彼の勝手だ。今まで培ってきたものをアッサリ捨てて辞めるのも彼の自由だ。
彼にとっての雑草プロとは、ただ単に仕事をするだけの建物でしかなかったのだ。
動画とは違った「原画を経験」するという思いだけで続けていたのだろう。
彼は全てにおいて、クールだった。彼の感性と周りの感性は全くズレていた。
何の相談もなく、突然そういう事が言えてしまう…それも楽しい酒の席で…
まるで杓子定規で計ったような生き方しか出来ない彼は、転職しても人から理解されるのは困難だろう。
雑草プロから、また一人辞めて行く…
出勤前の朝、自宅で釈然としない気持ちでボーっとしてたら、会社の土条から連絡。
今度は富田という男が、今日締め切りの仕事をほっぽりだして蒸発した。携帯も繋がらないし連絡もとれない…
みんなで協力して、やっとの思いでこの男の仕事の尻拭いは完了した。
現実にこんな人間がいるからアニメーターは信用されない。
事が起こるたび、雑草達を護りたい心と、スルーしたい心の狭間で、俺はいつも心が揺れている。