無駄でも・・・
若い雑草達との交流の中で、俺が一番悩むのは、どこまで若者の心の中に踏み込んでいいものか時々悩む。
性格も一人一人の個人差があるし、特にアニメーターは独特だ。
干渉される事を嫌い、一人が好きな人間もいる。また心開きたいけど内気な人間もいる。中には人間そのものが嫌いな奴もいる。
こちらが良かれと思って、手を差し伸べた親切さえ悪意に取ってしまう若者もいる。
そして大体が内気で遠慮がちだ。
また、しっかりしているように見えても、実は身も心もボロボロでで仕事している若者もいる。
以前ここに居た雪国(仮名)という20代前半の青年もそうだった。
雪国は地方から上京して、アニメーターの道を目指した。
口数も少なく、忍耐強く真面目な男だった。
だが仕事のレベルは、お世辞にも上手いとは言えないレベルだった。
一日10時間ぐらい作業しても5、6枚の動画しか描けない。
それでは生活も困るだろうから、俺はいつも新人達には「生活は大丈夫か?」と声をかけている。
雪国に対しても俺は時々声をかけていたが、決まって「ええ、何とか」という返事が返ってきた。
雪国は仕事ぶりも真面目で、下手なりに一生懸命頑張っていた。
性格もおとなしく無口だった為、俺は雪国の内面に入ることを躊躇した。
ひょっとしたら雪国は人間嫌いなのかもしれない…
俺の干渉がマイナスになる事を恐れた。そんな俺らしくない時期だった。
と言うのは、俺の良かれと思ってした好意を全て悪意に受け取られ、裁判沙汰になった直後だったという事情もあった。
正月に金も無く、帰省中することもできない若者を自宅に招いて、おせちを振る舞ったり何かと面倒をみていた若者に逆恨みされたのだ。
俺の差し入れですら、「強制的に喰わされてる」
仕事の指導ですら、邪魔されたと恨まれ裁判沙汰。
とにかくこの男は極度の人間嫌いだったのだ。
挙げ句の果てに、俺が会社内で、傍若無人の振る舞いをして、女子社員の胸を触るなどといった捏造の数々だった。
裁判結果は、相手が損害賠償を命じられ完全勝訴だった。
そんな事があった直後だった為、あまり干渉はするまいと思って、雪国の「何とか大丈夫です」という言葉を信じることにした。
ところが、後にわかったのだが、雪国の実情は貧窮にあえいでいた。
貯金も底を尽き、食うや喰わずの生活で、会社に内緒で深夜のバイトをしていたらしい。
夜の10時に退社すると、某有名居酒屋チェーンで朝までバイトをしていたのだ。
そして、ほんの少しだけ仮眠して、午前中から雑草プロに来て仕事をする毎日。
そういう状況を俺は全く知らなかった。そんな悪環境じゃ仕事も上達しないし、体を壊すだけ…
そしてついに力尽きた雪国が、退社願いを言ってきた。
それと同時に、そんな雪国の悲惨な状況を知っていた人間が会社にいた事もわかった。
俺は怒った!
雪国本人とそれを相談されながら、傍観していた奴にカミナリを落とした!
内緒のバイトは反則のうえ、そんな状況で続くわけがないし、教えてる人間に対しても仕事にも対しても失礼。
俺がもし知っていたならば、何か協力して、もう少し仕事がやり易い環境を作ってやりたかった。
雪国がそこまでして頑張っていたのなら、雪国を昼出勤にしてやれたし、ショボい飯程度なら食わせてやることもできた。
俺がそんなことをしても一時しのぎだったかもしれない。だが何もしないよりはマシだ。ひょっとしたら、少しぐらいは状況が変わったかもしれない。
たとえ無駄でも最低限の「食う」という、本能だけでも満たしてやりたかった。
そう考えると悔しさだけが残った。
だが遅かった。
精神的にも肉体的にも疲れ果てた雪国は、アニメを続ける気力すら失せてしまった。
そして雪国はここを去って行った。
俺が相談さえされなかったということは、俺が信頼されてなかった証拠。
当時、裁判という壁が俺を臆病にさせ、俺自身が無意識のうちに壁を感じさせていたのかもしれない。
そんな内気なアニメーターの「付き合い下手」なのか、それとも「人間拒否者」なのか判断に迷うこともある。
単なるおせっかいの戯れ言だが、みすみす放っておくこともできない。
たった一人の人間でも、人を理解するってことは非常に難しい。まして内面まで理解しようと思うと、ますます難しい。
ここが完全なるプロの集団なら、クールに仕事だけと割り切ることもできる。
だが、ここはまだまだ発展途上の人間が多い。
放っておいたら、雑草どころかペンペン草にもなれずに去って行くだけ。
どうせ無駄でも、無駄も楽しむ。