除草剤







ゴールデンウィークの真っ只中、4月に入った新人が、また一人辞めた。

大学を卒業して入ってきた女の子。
アニメの知識が全く無く、本番の仕事にも入れず、ずっと練習を続けていた。だが、最初の意気込みと違い、たったひと月で諦めてしまう…

本人は辞める理由をいろいろと付けていたが、単に考えが甘いのだ。

会社の空気に慣れない、俺の体制に合わない、自分なりに努力してるのにわかってもらえないなどなど、弱い人間は全てを他人のせいや周りの状況のせいににする。

確かにあまりのていたらくに説教をした事もあった。おそらくそれも理由のひとつだろう。

だがそれをプライドが邪魔をする。自分の足りない所を認める事ができない。そして許せない。
それを回避するには、理由を付けて逃げるしかないのだ。自分の立場もわからず、自分の目線でしか物事を見れない。そんな若者が多い。

アニメの知識が全く無い人間に、アニメの仕事を教える事はかなりの労力がいる。

トキワ荘の漫画家も知らない、かろうじて手塚治虫の名前は知ってるものの、本は読んだ事が無い。そしてアニメの最低限の知識も無い。

それよりも驚いたのが「絵が描けない」のだ。

本人は辞めて大好きな農業をしたいと言っていたが、当の本人は農家出身の人間ではない。そして農業の経験も無い。都会生まれの都会育ちの人間なのだ。

農家の大変さを説明すると、「でも私は運動と体力だけは自信があるんです!」

そういう問題じゃない。俺も一時期親類の農業の手伝いをした事があるが、スポーツの筋肉と農業の筋肉は違う。そして知識も違う。

「いいえ、私は家庭菜園もやった事があるし、野菜を栽培した事もあるんです。」と、おっしゃる。

それはそれで、けっこうなこと。でも、それは「仕事」としての経験ではないのだ。「好き」と「仕事」は違うのだ。

アニメに対しても、そんな憧れと勝手な思い込みだけで、この世界に入って来たのだろう。

たった1ヶ月で、信念が揺らぐ人間に農業が出来るとも思えない。

そして農業を甘く見てると思った。アニメーターの場合、自分自身との戦いだ。結果は己の力だけ。

だが農業は自然との戦いも含まれる。自分の力だけではどうにもならない。

「私はサツマイモが大好きなんです!」

話を聞いていて、呆れるよりも哀れに思った。まともに聞いてられない。

そんな人間が、この雑草プロには集まって来る。

「アニメーター辞めて、プロデューサーになります!」 、「私はパイロットになります」、などなど夢見る人間が多い。中には指導されるのが嫌で、「俺は人の上に立つ男だ!」と言って辞めて行った男もいた。

辞めた女の子も夢見る夢子ちゃん。そして干渉を嫌う孤独が好きな女の子。励ましや激さえ悪意に感じてしまう。

彼女が辞めた日は、あいにく南は外出中だった。散々南に世話になっていながら、南を待つ事もなく、一言の挨拶もしないで去って行った。

最低限の礼儀さえ欠いて、自分が哀れな人間だと気付かないまま去って行った。

アニメ界の雑草にすら成る事もなく…

自ら除草剤を被って消えていった。

そんなオチの現実の笑い話。