心意気!

                                                                                                           2014/08/08


「柳田さん、僕、やっとわかったんです。」うどん(仮名)が突然言い出した。
日曜日に一人会社で仕事をしていると、うどんが現れた。そしてそのセリフになった。

俺「んっ? 何がわかったんだい? 」

うどん「僕が本当に好きなのは、土条さんだったんです! 」

それが雑草プロの土条と、うどんが付き合い始めるきっかけの言葉だった。

うどんは恋多き男で、惚れっぽい男だった。
それまでにも、社内のタマや東山(仮名)に声をかけては、うまく進展せず気まずい結果になっていた。

ただ今回は、うどんの「やっとわかったんです。」という、「やっと」の言葉にうどんの本気を感じた。
そこで翌日に俺が仲介してやると、話はとんとん拍子に進み、1ヶ月もしない間に二人は結ばれてしまった。

これは後の土条からの証言だが、二人が結ばれた夜のこと。

土条「うどんさん、どこにメールしてるの? 」

うどん「柳田さんのところ。」

土条「こんな夜中になんで? 」

うどん「柳田さんと約束したんだ、そうなった日にはすぐに報告するって。」

土条「ヤダッ!、やっ、止めてぇ~! 」土条がうどんの携帯を取り上げようとしたが無駄だった。うどんはそれをかわして、「ダメだよ! これは男と男の約束だから、僕は柳田さんに報告する義務があるんだ。」と言ってひるまなかったそうだ。

そしてその報告はすぐに俺のところに届いた。

確かに俺はうどんと約束をしていた。でもその話を一年間寝かせて、一年後のその日に「記念日」として土条にサプライズする腹づもりだった。
ところが正直者のうどんのお陰で、その計画もオジャン。

とにかく土条の彼のうどんは、極度の正直者で嘘がつけない性格。そして純粋過ぎて、こっちが驚いてしまう事柄がしょっちゅう。
性格もあまりにも優し過ぎて、人の気分を害することが出来ない。

散歩で店に入っても「ひやかし」という事が出来ず、必ずいらない物を買って来る。「何も買わないのは、お店の人に悪いですから…」そんな性格だ。

うどんが高校受験の当日。試験会場に向かう途中で、ある宗教団体のオバチャンに捕まってしまった。優しいうどんは、オバチャンの話を中断させるわけにもいかず、長々とオバチャンの相手をしてしまった。その結果、試験会場に行く事も出来ず、試験は全滅…

「柳田さん!、柳田さん!、どっ、どっ、どうしましょう! 」昼休みにうどんが慌てて俺の所に駆け込んで来た。

話を聞くと、会社近くの自動販売機に、千円札が剥き出しで出ているとのこと。
さっそく俺はうどんに案内させて、その千円札を自販機から抜くと、ポケットから五百円玉を出して「山分けな。」と言ってうどんに渡した。

そんな事でも、真面目なうどんはパニックになってしまう正直者。今どき全くスレてない青年で、どんな育ち方をしたんだろうと思ってしまうぐらいの好青年。

真面目さは仕事にも現れていた。最初の頃のうどんは全く使い物にならなかった。2ヶ月間の練習を経て、本番の仕事に入ってからも全く駄目。
簡単な仕事を回しても、ひと月に100枚の動画も描けない。

それが半年も過ぎた頃、うどんは突然変貌した。急に枚数が上がるようになり、いつしか仕事のあがりも南に継ぐ勢いになっていた。
聞くと、うどんは、「はい、僕は南さんのように速くなりたくて、毎日夜中の3時ぐらいまで練習してたんです。」と嬉しそうな顔をした。

うどんの乗った時の集中力は凄かった。「早く終わらせるには君しかいないんだ。」と、言ってどんな面倒な仕事を回しても、うどんは嫌な顔ひとつせず喜んでやってくれた。
うどんは熱い男で、特に期待されると意気に感じて、力以上の力を発揮した。

アニメの場合は技術力だけでは駄目だ。それに匹敵するぐらいのメンタル面も大事になる。
テンションが下がったままだと仕事もはかどらない。集中力も散漫だと仕事にならない。アニメーターは集中力を持続させて一日中机に向かっている。

俺は技術力不足を精神力でカバーしてきた男。でないと誰の助けも借りないで何十年もフリーで生き延びてくる事は出来なかった。

気持ちが乗った時のうどんもまさにそんなタイプの男だった。
ただ、うどんの場合は何事にも夢中になってしまって周りが見えない。

だから怪我も多かった。運動しても全身全霊うちこむから、壁に激突、鉄柱を思いっきり蹴る、身体ごとダイブなどなど、一歩間違えると危険な瞬間が多々あった。
何も遊びでそこまで真剣にやることはないと思うのだが、うどんはいつも無我夢中で、体が条件反射で動いてしまうようなのだ。

先に書いた、うどんが優しくて控えめな性格というのは、運動と恋愛だけは別だった。
彼女に対しては、積極的でグイグイ引っ張るタイプ。うどんのその積極さは土条もタジタジで、顔を真っ赤にすることもよくある。

昼休みの帰り道。南と歩いていると、遮断機の降りた踏切の向こう側にうどんと土条が居た。
向こうの二人も俺達に気がついた。そこで俺はうどんを指差して、ジェスチャー交じりの手振りで、うどんにキスをするように命じた。
すると、うどんは素早い動きで、土条の顔を両手で挟むなり、ブッチュウ~!
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン…一体となった二人の目の前を電車が通り過ぎて行った。


俺も若い頃は熱くて無鉄砲だった。当時付き合っていた彼女と駆け落ちまでした。 職を求めて街をさまよい、最後は金欠で橋の下で彼女と野宿もした。

彼女の友人に金策を頼んで、駅で待ち合わせしたが、知らせを受けたお互いの母親が待ち構えていた。慌てて彼女の手を掴んで逃げたが、後ろから俺の母親の悲鳴。「その二人は泥棒です! 誰か捕まえてください! 」母親のとっさの機転だったんだろうが、街の群集に追いかけられた。

駅のメインストリートを彼女の手を引いて必死で逃げた。元陸上部、走るのは得意だった。
彼女の手を引いて飛ぶように走った。裏道に入り、細かな小路を何度も曲がって、やっとの思いで脱出。
国道に出てヒッチハイクして、見知らぬ町まで逃げて同棲生活。そこの地方都市で、再び外注のアニメーターとして暮らした。

そうそう、その頃住んでいた地方都市のデパートの屋上に「子門真人」が来た。まだ「およげたい焼きくん」を発売する前で、あまり有名じゃなかったから、子供に「お前ブタになれ」と言われて凹んでいた。時代は田中角栄のロッキード事件が世の中を賑わしていた頃だ。

二人に話を戻すと、俺は熱い人間が好きだ。人が困った時には損得を考えずに、心意気で頑張ってくれる人間。

うどんもその彼女の土条もそういった熱い人間だ。特に土条は、おだてりゃ木にも登ってくれる。(何か変か?…)
そしてサバサバしていて男らしい。(これも変だな???…)

その土条の無鉄砲さぶりも面白い。仕事の当ても無いのに突然東京に上京して来て、弟のアパートに転がり込んだ。
そして雑草プロにも転がり込んだ。それまで働いた金は使い果たし、弟の厄介者になった。そのお陰で弟は彼女と別れるハメに。
そんなことはどこ吹く風。「姉ちゃんが、お前の為に居てあげるんだから。」としばらく牢名主のように居座っていた。

そして現在はうどんと同棲中。だが、今はうどんはもうこの雑草プロにはいない。転職して彼女との結婚を夢見て頑張ってる。(今は事故で休職中)
二人とも毎日目標に向かって、気合いで頑張ってる。

強い精神力、強い意志、それらはとてつもないパワーを生み出す。

信じられないかもしれないが、俺なんか、三十代の頃に医者にも行かず糖尿病を気力だけで治した。
体重が100キロ近くまで増え、毎日何リットルもの飲み物を飲んでも、直後に喉が乾く。夜になると毎日必ず下半身の痙攣。それが一時間ぐらい続く。
あまりの激痛に毎日枕を噛んで、悲鳴をあげていた。
それでも医者には行かなかった。気力で治すと心に誓って念じてたら、いつの間にか体重も減り、今に至ってる。今でも腹筋が100回は出来るぐらい元気だ。
うどんが言う。「僕の運動の相手出来るのは、柳田さんしかいませんから。」
何はともあれ、俺が言いたい事は、強い精神は摩訶不思議なパワーを生み出す。

俺は体温も1度だけなら変えられる。医学的に人間は自分の意志で「鳥肌」は出せないらしいのだが、俺は自由自在に体全体に鳥肌を出せる。サウナの中でも出来る。これも精神力と気合いのたまもの。

ただ、貧乏だけは気合いだけじゃ、どうにもならないみたいだ…
俺の有り余るデタラメパワーで、何とかしたいものだ。