目糞、鼻糞

                                                                                                           2014/09/17





交通事故の後遺症で退職した岩沼が、スタジオに顔を出した。
保険金の関係で会社に「雇用証明書」を取りに来たのだ。

だがすんなりとは貰えなかったらしい。
驚くことに、会社側からは、「辞めた人間にそんなもの発行出来ない」と言われたらしい。
それでは保険金も危うい…

それを岩沼から聞かされた俺は、「何度も交渉しろ、それで駄目だったら俺が裁判で証言してやる。岩沼って男は確かにここに在籍してましたってな。」と言ってやった。
途方に暮れていた岩沼は、「保険会社も周りも全部敵に見えて、辛かったです。少し安心しました。」と安堵していた。

その岩沼は、まだアニメは諦めてないらしく、「僕はまだアニメは諦めてませんから、しばらく休んで元気になったら、またアニメの道に進もうと思ってます。」と意欲満々。

だから俺は言ってやった。「岩沼のレベルじゃ、どこも雇ってくれないよ。」それが本音だ。

絶対に不幸になる。岩沼は100パーセントアニメーターに向いてない。その不甲斐なさは「新たなレジェンド参照」で証明済みだ。

一応社交辞令で、「どこも受からなかったら、また戻って来いよ。」と言ってみたものの、本心じゃない。
厳しいようだが、岩沼は足手まといなだけで、戻って来ても再びみんなに迷惑をかける。その時はハッキリ通告しよう。

その岩沼、帰り間際に体を棚にぶつけて箱を三個落とした。
ひとつは持ち上げて片付けたのだが、残りを片付けない…

俺「まだ残ってるよ。」と言ったら、またひとつだけしか片付けない…

俺「もう一個残ってるだろ!」

岩沼「あっ、これもですか?」

全てにおいてこの調子…思考力、応用力が全く無い。全部説明しないと出来ない。
他人に気遣いも出来ない。
岩沼が事故にあって心配したし、飯食わせて、名前も載せて、何かと岩沼には都合つけてやった俺に「缶コーヒーの一本」ぐらい、差し入れ持って来るのが普通だぜ。

そんな気遣いも一切出来ない。岩沼に限らず、最近の若者はそうだ。
決して悪気があるわけじゃない。そう言ったささやかな感性が欠場してるのだ。
特に若いアニメーターに多い。

俺もそんな感性を鈍感にしないと、若いアニメーターとは、付き合っていけないのかもしれない。
岩沼よ、会社の非常識さだけは責められないぜ。

大小の違いはあれ「目糞、鼻糞」だから。