悪意の無い馬鹿

                                                                                                           2014/10/25





アニメーターの一日は長い。そして孤独だ。一日中机に向かって作業する。 ワイワイ騒ぎながら出来ない仕事だから、みんな黙って黙々と仕事している。
時々仕事のチェックや相談などで、会話が聞こえるぐらいだ。

この仕事はある程度経験を積んで仕事が出来るようになれば、会話もしないで帰る事も可能だ。
だが、そこからは何の社交性も生まれないし、人間関係も生まれない。
そしてそれが当たり前の日常になって、いつしか機械のようになってしまってる人間もいる。

能面のような顔で感情も無く、ただ絵を描く事だけが生きてる証。
余計なお世話かもしれないが、何を楽しみにして生きてるのだろう…

中には毎月赤字の人間もいる。
収入より交通費の方が上回るのだ。別のスタジオでは群馬から通ってる人間も居る。ここに来るよりも、熱海の方が近いという人間もいる。
仕事とは金を稼ぐ事。すればするほど赤字になる仕事って、一体何なんだろうと思ってしまう。

そんなアニメーターは、それはそれで幸せ者だ。
それで今現在を生きていられるわけだから。

ここに来るアニメーターに話を聞くと、大体が恋愛や結婚は諦めていると言う。(なるほど同感という奴も…)
中には恋愛そのものに全く興味が無いと言う女の子もいる。

そんな話をまとめると、恋愛も結婚も諦め、金もアテにしてない。
そこまでしてアニメに賭けているのかと思えば、そうでもない。
自分からは一切仕事の話はして来ない。それどころか、決して自分から口を開く事も無い。
「自分自身」さえ無く、親の援助でただ流れに任せて生きている人間も居る。

「何が楽しいのだろう?…」

たぶん駄目なアニメーターは、それで満足なのだろう。アニメが好きではなく、アニメに関わっているだけの事実と、孤独な自分の居場所だけが好きなのだ。

駄目なアニメーターは仕事に対する責任感もない。
アップ日を守らないどころか、遅刻の常習や突然の休みなんて事もある。

そんな輩は元々アテにしてないし、仕事も出来ないから、すぐに対応できる体制をとっている。居なくたって別段困らない。
ただ精神的な不快感は残る。

「ああ、休んでいいよ、体調が悪いんだろ? 今週いっぱい来なくていいから休みな。」そうしてる。

「返事ぐらいしろよ!」また俺の小言が始まった。
新人が先輩に教えてもらってるのに返事もしない。
教えてる方は説明を理解してるかどうかもわからない。
教えてもらっといて黙って立ち去る。そんな馬鹿もいる。

南が作業の指示を出せば、「…ああ…」
「何だ、その返事は! わかりましただろ!ふざけんじゃねえ!」そんな俺の怒号が時々飛ぶ。仕事する以前の人としての問題に俺は吠える。

「言っとくけどな、こういう馬鹿を見たら、先輩が注意しなくちゃ駄目なんだ!もっとしっかりしろ!」
そんな先輩達にも注意する。

アニメ界の最低賃金の会社には、最低マナーの人間も来る。
「誰でも入れるアニメプロ」にはそんな弊害もある。
それはそれで面白い。まともな会社じゃそういった輩は少ないだろうし、他では見られない人間観察にもなる。

ここにはいろんな人間が居るから、それぞれに合わせて対処してる。

物事をハッキリ言わないとわからないタイプ。
ハッキリ言うと、へこんでしまうタイプ。
仕事以外は絡んではいけないタイプ。
もはやどうでもいい、いらないタイプ。

心の中で、そんなタイプ分けしてるが、一番感じるのはアニメーターは内向的な子供。
いい意味での子供ならいいが、悪い意味での子供だからやっかいだ。

一言で言うと、自分中心で周りが全く見えない。
常識もマナーも礼儀も「わからない」「悪意の無い馬鹿」なのだ。

そんな「悪意の無い馬鹿」は決して悪い人間ではない。個人的に話すと真面目で純粋なのだ。
ところが対人関係になると、まるっきし駄目。
常識やマナーや礼儀をもともと知らないから、他の業種でもトラブルを起こしてここに流れて来る人間も多い。

それは本人にとっても不幸で、他人に対しての事の善悪が全くわからないから、怒られても「何故?」「どうして?」といった疑問で生きている。それがやがて人間不信になっていく…

そんな悪意の無い馬鹿にも俺は本気で怒る。本気で怒るという事は、「対等」だからだ。
それでもあまり効き目はない。それで生きてきたから、本人にとっては突然異国の地に来て、その国の常識やマナーに戸惑ってるようなものかもしれない。

悪意があろうが無かろうが、やってる事が常識外れなら、それは悪になる。
最低限の常識ぐらい無いと、アニメに限らず転職したって一般社会では通用しない。

そんな悪意の無い小学生みたいな若者がここには多いのだ。

ここだけではなく大小の差があるにせよ、アニメーターは内向的な偏屈者が多い。
「いい意味での偏屈者」が、この世界では生き延びて行くのだろう。

じゃあ、仕事の出来ない偏屈はどうするかって?

辞めた方がいいよ。