去り人

                                                                                                           2014/11/13





また一人去った。夏に入って来た25才の新人女性だ。
わずか4ヶ月弱で去って行く。

アニメーターになりたくて美大を卒業して地方から、近くに引っ越して来たのに、呆気ない幕切れだった。
それは仕方ない。彼女は明らかにこの仕事に向いて無かった。
アニメの知識はあったものの、トレス線すらまともに引けなかった。
それよりも本当にアニメーターとして続ける意志があったのかも怪しかった。

彼女は全額親の援助で生活をしていた。アパート代を含め、生活費全てが仕送りだった。
それなのに仕事に対してアグレッシブさが無かった。あったかもしれないが、それは全く感じられなかった。

遅刻を繰り返し、最初のうちは「寝坊」しましたと言っていたが、それが度重なると、「体の具合が悪い」と理由が変わっていった。
度重なる遅刻に「アニメーターは体力勝負だし、体の具合が悪いなら、一週間休んでいいから、体調整えてから来なよ。」と言うと素直にそれに従ってキッチリ一週間休んだ。
その感性は、こっちの嫌みも通じなかった。
親の全額仕送りで生活していながら、その危機感もなかった。

約2ヶ月の練習期間を経て、やっと簡単な仕事を始めたが、とにかく遅かった。仕事を用意しても突然の休み。
本番の仕事に入ってからの2ヶ月間で、作業した動画枚数は合計100枚足らずだった。これではアパート代どころか、光熱費程度の額しかならない。
仕送りをする親としても生活費の全額を負担するのは大変だったろうし、よもやアニメの仕事がここまで低賃金だとは想像もしてなかったろう。そしてついに親からの悲鳴があがって撤退の運びとなった。

だが、彼女の場合は完全にアニメに向いていなかった。影も付いてない簡単なディフォルメキャラの仕事でも、一日中作業して3枚もあがらない。
最初、本人は自信満々で、すぐにでもバリバリ仕事が出来ると思って入ってきた。オタクとしてアニメの知識がある分、同期の人間に対しては見下していた。(爬虫類タイプ参照)

見るアニメと実際に描くアニメは違うし、ハッキリ言ってアニメーターにオタクの知識は必要無いのだ。
おそらく、あのガンダムのキャラデザインした安彦さんよりも、「ガンダム芸人達」の方が雑学知識はあるだろう。
知ったかぶりが彼女の上達を阻んだろうし、プライドが仕事の邪魔をした。実際に教えていた先輩の女の子も、素直さに欠ける性格に半ば諦めていた。

彼女にとっての4ヶ月間のアニメーター生活は、何が残ったのだろうか?…
ここにはそんな風のように通り過ぎて行く若者も多い。

そして彼女と同時期に入って来た新人の男も、あとひと月でリタイアする。彼もまた、こっちがビックリするぐらいの自信家で、この世界に飛び込んで来た。(直球対直球参照)

彼の場合、打ちのめされて去って行く。彼もまたレベル的に前記の彼女と変わらない。彼はアニメーターの厳しさと自身のレベルは、嫌というほど思いしらされただろう。それを知っただけでも収穫はあった。前記の彼女はそれさえも気付かず、認めず去ったわけだから。

前記の彼女は突然の退社だった。今まで作業した仕事のお金はいらないと言って、その日に辞めて行った。それでも突然蒸発する人間よりはマシだ。
もう一人の彼は、一応男のケジメとして、あと1ヶ月強の日数を消化して辞めて行く。

本来ならば、きちんと綿密な面接をして、技術テストをして入れるべきなのだろうが、「来る人拒まず」のポリシーがここの経営を支えてる。
最初は下手でも、たまに「化ける」人間も出現するが、そういった人間はもう少し精神的に強い。

ここ雑草プロは出会いと別れの繰り返し。いちいちセンチメンタルなんかになっちゃいられない。
何事もなかったかのように、今日も明日も時が流れていく。