喜怒哀楽

                                                                                                           2014/12/02





午前中にメールで起こされた。
眠い目を擦りながら、誰かと思って携帯を見ると、雑草プロの自称女神の土条からだった。(あくまでも自称だ)
その届いたメールには「プレゼントありがとうございます」…うんぬん書いてある。

今日は土条の誕生日。前日に土条の机の上にプレゼントを置いといたのだった。
なんだよぉ…もう少し寝ようと思ってたのに、プレゼントは今日渡せば良かったなと思っていたら、土条の笑顔の写メで目が覚めた。
なんだよぉ~、頼んでもないのに写メなんか付けやがって…コレ、何に使えっていうんだい…
そうか! 「魔除けかぁ!」それなら納得する。

そんな土条の有り難い魔除け写メで、目が覚めた俺は会社に向かった。
雑草プロでは誰かの誕生日が来ると、何がしかのささやかなプレゼントをする事が恒例になっている。

会社に着くと、本日の主役の土条に花束贈呈。みんなの小銭で買った花束だ。
その花束を見た雑草プロ一同に笑いが起こった。
「菊の花束だ!」
そう、俺が命じて菊の花を用意させていたのだ。
明るく茶目っ気のある土条には菊の花が良く似合う。そしてどんな「シャレ」も通じるのが土条なのだ。
「ありがとうございまあす!」と明るく笑顔で受け取る土条。

土条は俺の憎まれ口にも一切動じない。俺は土条を平気でブスと言う。それはブスじゃないから言えるのだ。本物のブスだったら、恐ろしくてブスのブの字も言えない。
そしてお互いの信頼関係。それは土条もわかってる。雑草プロで一番明るく感情豊かでわかり易いのが土条なのだ。

隣には前日にちょっとしたトラブルで、南が少し気まずそうな顔をしている。
俺は南の顔に手を伸ばして、鼻をきゅうっと摘んでやった。「何カッコ付けてんだよぉ」と言うと、南は俺に鼻を摘まれたままニコニコ微笑んでる。
南の鼻は柔らかいのだ。だから俺に時々摘まれる。
そんな南との信頼関係も何が起こっても揺らぐ事は無い。

また雑草プロのレギュラー陣の結束も固い。何か問題が発生すれば一丸となる。
以前に発生した会社の赤字は俺個人に支払えという騒動も、レギュラー陣の退社も辞さない抵抗によって白紙に戻った。(一応報告を)

寂しい報告もある。
土条の誕生日の数日後、今度は南のメールで起こされた。
12月まで仕事を全うすると言っていた新人が、突然今日辞める。
今まで働いた分の金はいらないから辞めるとのこと。

今まで働いたと言っても数十枚…
彼が4ヶ月間この雑草プロで稼いだ金の総額は一万円にも満たない。
会社としては彼にかかった手間を考えれば、損失の方が遥かに大きい。

そして彼にはもっと大きな問題があった。彼は「二桁の足し算」すら出来ないのだ。
記憶力が人より劣る。日常の彼の行動は普通の人間と何ら変わらない。(直球対直球参照)
ところが、あまりにも信じられない単純なミスの連続と仕事の会話がなかなか成立しない状況に、俺は彼の本当の姿を知った。

彼の涙の告白によると、単純な事が覚えられないという理由で、以前の会社もクビになったそうだ。
俺はまずは病院での診断を勧めたが、彼の診断結果は、詳しくは述べないが障害者だった。
それでも本人のアニメをやりたい意志が強かったから、俺は了承した。同じ人間意欲があれば何も変わるものは無い。足りない所は埋めればいい。
そして彼なりの指導法を考えながら、仕事をさせていた。

キツい仕事は一切させなかった。素人でも出来る簡単なカットを回しながら根気強く仕事をさせた。
だが、本人にとっては、その仕事ですらプレッシャーでしかなく、限界を感じて退社を申し出てきた。

彼「でも、僕はケジメとして、年内はアニメの仕事を全うするつもりです。」と威勢は良かった。
彼の退社後は障害者施設で働くらしいが、俺は彼のここでの最後ぐらいは、障害者として扱いたくはなかった。

俺「最後ぐらいはちゃんとケジメをつけないと、君の10年、20年後の思い出はほろ苦いものになっちまうから、頑張って楽しみながら全うしてくれ。」と励ました。

退社を決心してからの彼は急に明るくなった。そして自分自身を見失いかけていた。
最初にここに来た時と同じように自信だけが先走り始めた。
一日2、3枚のトレスしか出来ないにも関わらず、「僕は今いかにクオリティの高いトレスが出来るか心掛けているんです。」
俺「そうか、俺は君に合わせた仕事を回してるんだ。君の好きな美少女系じゃ線が多くて大変だからな。」
彼「いや、そんなことはないです。」と自信満々。

だから彼に美少女系のアニメ作品を回してやった。
絵の線は多いものの、業界用語で「線割り」という簡単なカットだった。
ところが、たった12枚の簡単なカットが3日経過しても半分も上がらない。
最後は先輩達がやる事に。
俺はこうなる事は最初からわかっていた。彼にアニメの仕事をナメて欲しくなかったし、自分自身を知って欲しかった。

そして今日の朝、南から彼の突然の退社願いの連絡が入った。
彼は「逃げ出す」のだ。
彼の言葉はいつも耳障りの良い口先だけだった。都合が悪くなると、言い訳や状況、そして障害を利用した。
だが、彼はまだその自分に障害がある事を認めてない。それが彼の一番の「障害」だ。
彼が今後どんな人生を歩むかわからないが、俺は彼を「障害者」として送り出すことになる。
出来るなら最後ぐらいは、男としてケジメを付けて、アニメーターとして送り出してやりたかった…

ところが、彼は自分の荷物を整理している最中に「もう一度やらせて下さい。」と俺の所に来た。
無理だ…毎回毎回信念がコロコロ変わるようじゃ、続くわけもない。再び泥沼で足掻くだけだ。すでに心が折れているのはわかっている。
背中を押してやるのも俺の仕事。正直に本音を言って最後の別れとなった。

こんなアニメ会社は日本中探してもどこにも無い。「アニメをしたい」という理由だけで、チャンスが与えられるアニメ会社…アニメ界の創世記でもないのに、未だそんなアニメ会社が、この東京の空の下にあるのだ。
そして、もがきながら多くの若者達が夢破れて去って行く。

それでも雑草プロは何も変わらない。たった一瞬だけ輝いたひとつの星が消えただけ。
雑草プロの夜明けはまだまだ長い。