アウトロー
「そうなんですよ、俺は死体を二回見ましたねぇ、そのうちの一回は第一発見者で、警察にかなり取り調べられましたよ」そう話すのはゴメス(仮名)
二十代後半でここに入って来たゴメスは、かなりイカツイ顔つきで、色も浅黒く南米のハーフかと見間違うほど。と言うより危険な匂いが漂う犯罪者顔(ゴメン)
元新聞配達人からアニメーターに転身した変わり種。
だがアニメを始めたのが遅すぎ、そのルベルも顔と同様怪しかった(失礼)
この時の場は雑草プロの仲間一人がリタイヤするお別れ会だった。
お別れ会と言っても、みな貧乏だから100円ショップで安い酒を各自用意してのささやかなお別れ会だった。
そのイカツイ顔つきから、ゴメスは道を歩くだけで度々職務質問。
職務質問だけならまだいい。突然ヤクザ者から殴られるという経歴もあった。
ゴメスは新聞配達をしてた頃にグレーゾーンの世界に足を踏み入れ、その幹部に可愛がられたようだった。
「○○組の○○さんから、お年玉30万円貰った時があって驚いたんです」そう自慢するゴメスが嬉しそうに続ける。「一番ヤバいのは○○区なんです、あそこはそういう人間の坩堝なんです」
その○○区から通ってる女の子が、近くで申し訳なさそうに話を聞いている。
ゴメスはそんなことおかまいなしに「いやぁ、あそこは区役所近辺が一番ヤバいんですよ」得意げに話す。
俺が面白がって話を振ると、ゴメスの話は止まらない。「一番ヤバかったのは○○さんの車を運転していた時に、突然○○さんが頭を下げろ!って叫んだ瞬間、銃撃された時でした、必死で車飛ばして逃げましたけど…」そんなハンパじゃない経験談を続ける。
その後もゴメスの話は続き、ここでは書けないぐらい、危険でグロテスクな話の山だった。
ゴメスの話は楽しかったけど、俺は少し違和感を感じた。ゴメスの話の中にゴメスが居ない…
ゴメス自身のアウトロー時代の自慢話なら、事の善悪は別としてゴメスを評価をしただろう。
だがゴメスが自慢するのは全て他人の武勇伝…
ゴメスはその流れに乗って翻弄された人間でしかない。
俺は本当のゴメスはチキンで気の弱い人間だと感じた。仕事を通してゴメスを知ると、それは明らかだった。
俺が仕事で注意する度にゴメスの目は泳いだ。
そして真剣な表情で話を聞くゴメスは自信なさそうにうなづいた。
「こんなルベルじゃ通用しないよ、今月中に出来ないようだったら辞めた方がいいよ」とキツい事も言った。それでもゴメスは礼儀正しく従順だった。
しかし、その目に輝きは無かった。
まるでヤクザの兄貴分に怒られているかのように、ションボリする姿からはアグレッシブさは感じられなかった。仕事人のゴメスは繊細で気が弱く、あまりにも優しすぎた。
仕事の方もなかなか上達しない焦りからか、元気も徐々に失せて内に籠もるようになった。
ゴメスの話によると、ゴメスは幼い頃に両親が離婚して、兄弟とも離れ離れになったそうだ。
そしてゴメスは父親に引き取られて、東京で父と二人暮らしが始まった。
その後は都内を転々として、当時は父親の会社の寮から通っていた。
そんなゴメスは過去を除けば、父親思いの普通の青年だった。
毎日頑張っても、交通費程度の収入しかないゴメスは「俺がこんなに自由にアニメがやれるのもオヤジのおかげなんです」と言って父親にはいつも感謝していた。
そんなゴメスがここに来る前に、なぜ悪の道に踏み入れたかはわからないが、ここに居たゴメスは律儀で真面目な男だった。
ただ、真のゴメスはあまりにも心が優しすぎた。
そして弱かった。
アウトロー時代の周りに流されて、自分自身が消えて自我を失ったままのゴメスしかここにはいなかった。
「柳田さん、相談があるんです」ゴメスが真剣な表情で言ってきた。
俺はその表情で大体の察しはついた。
「オヤジが会社で窓際に追いやられて、体調も芳しくないので、辞めさせてください」俺は事情を聞いて同意した。今の状況とゴメスの腕では、むしろアニメを続けさせる事の方が酷だと判断したからだ。
「これからはオヤジの為にもう少し稼いで、少しは楽にしてやりたいんです」そう話すゴメスの顔は晴れ晴れとしていた。
ゴメスのアニメーターとしての実績は微々たるもの。たった半年程度だった。
そんな微々たるものでもゴメスがアニメ界で、悩み苦しみ頑張ったのは事実。
俺はそんなゴメスへの餞別として、ゴメスが作業したアニメのエンディングにゴメスの名前を載せた。
ゴメスがアニメ界に残した微々たる功績の思い出として。
ゴメスが今何をしてるかは知らないが、律儀でチキンのゴメスはイイ奴だった。
ゴメス、無理していきがるなよ。