南の父と酒
今日は会社の近くの居酒屋で、南と南のお父さんの三人で酒を飲んだ。
わざわざ雑草プロまで出向いてくれたのだった。
南のお父さんは、アニメでお馴染み、あの名曲「タッチ」の作詞家である。
歌謡界でも数々のヒット曲を作ってる御仁なので、暇な人は調べてみよう。
その居酒屋では、のんびりと飲みたかったので、店を貸しきりにして「南のおごり」で酒を飲んだ。
南のお父さんはアニメ界の事はある程度はわかってるみたいで、アニメーターという人種にしきりに感心していた。
「アニメーターって、アニメが好きだからっていう理由だけでは片付けられなよね…他に目的があるんだろうけど、それが何か見当がつかない…」と不思議がっていた。
脚本家や監督など「絵を描かない」人間には作品の権利があるからまだしも、実際に絵を描くアニメーターには何も無い。
そのうえ信じられないような低賃金。
そのシステムに不思議がっていた。
俺は「確かに金だけの問題ではないと思いますよ。金を考えたら馬鹿らしくてやれる仕事じゃないです。全員がそうだとは思いませんけど、あまり人と交わらずに自分の世界観で仕事ができるという思いが強いと思います。」と言うと南のお父さんも少しは納得したようだった。
南のお父さんの話によると、一人が好きな人間は音楽業界にもいるらしい。
あとアニメ界に入って来る若者に多いのが、本当は漫画家になりたい人間。そうは言っても、なれないからとりあえずアニメの世界に入ってくる。
アニメーターなら、とりあえず絵を描ける。そんな思いで入って来る若者も多い。
それは後にわかる事であって、面接では決してそうは言わない。
やる気をアピールしながら、入ってくるとアニメを腰掛け気分で考えてる。
そういう中途半端な気持ちで始めるから、長続きもしない。
中にはアニメに賭けて一心不乱に仕事をして、気が付くと中年。
転職も難しい年齢になってしまい、潰しも出来ずに惰性で続けてるアニメーターもいる。
結婚もできず、恋人さえいない。そんなアニメーターは山ほどいる。
結婚して子供をもうけ、家族を養うという、世間で普通の事柄でさえアニメーターには難しい。
貧乏ながらもそれが叶ってる俺はまだマシな方だ。
真面目に取り組んでいるアニメーターは純粋だ。
とにかく絵を描きたい、技術を磨きたいという信念でやっている。
金は二の次だという思いの人間が多い。
そんな純粋な思いが逆に利用されている。アニメの版権で儲けようとする人間達は「コイツ等は好きでやってるんだ、嫌なら辞めればいい、代わりはいくらでもいるんだ」というのが本音だろう。
南が「アニメーター以下の仕事ってあるのかなぁ…」と言うから、みんなで考えたが答えが出てこない。
そんな南もアニメーターには全く興味が無い。
この雑草プロは、出入りが激しく、いろんな人間が来る。その人間模様が楽しいだけで、南はここに居る。
いろんな人間とのふれあいで、いつか自分の肥やしになると信じて。
その後は南のお父さんから音楽業界の話を聞いたり、ヒット曲のこぼれ話を聞いたりと、楽しいひとときを過ごした。
途中で雑草プロの不幸の権化、ドジ娘タマがサインをねだりに来た。
(ドジ娘タマ参照)
さすがタマ、南のお父さんの手先まで不幸を呼んでしまった。
失敗の連続で、そのサインには、二十線やバッテンがいくつも書いてある。
「なあタマ、紙幣はミスプリントの方が価値があるんだ、サインだって同じだ」と俺に言われて苦笑い。
そして帰り間際に俺は南のお父さんにプレゼントを渡した。
仮面ライダーblack-RXのフィギュアにジオラマを自作で付け加えた物だった。
すると、南のお父さん「あれえ? 仮面ライダーって黒かったっけぇ~?」
お父さんヒドいよ、仮面ライダーblack-RXはお父さんの作詞。詞の中で「仮面ライダー黒いボディ~」って書いてあるじゃないの。
まぁ酔っていたから仕方ないけど、南のお父さんは、俺の大好きなアイルトンセナの次に好きな人。
千鳥足で深夜にタクシーに乗って去って行った。