デビュー

                                                                                                           2014/12/17





南が都内某所でレコーディングをした。
とは言っても、メジャーデビューではない。
母校の小学校が廃校になるらしく、その記念の曲をレコーディングしたのだ。
レコーディングは南のお父さんも参加してチェックしたそうだ。

歌をレコーディングしたのは、南と南の親友のMちゃんと、そのお姉ちゃんの三人。
ただ、三人コーラスだったから、南の声がどのへんなのか、よくわからない…
ノリノリのなかなか良い曲で、しいてあげれば、昔の「プリキュア」のエンディング曲のような感じかな。

その曲は本格的に振り付けまである。振り付けは元ダンサーで親友のMちゃんが担当している。
先日その廃校になる母校のイベントに行ってきたらしいが、南は超マイナーなデビューは果たした。

デビューと言えば、前回の話で秋山(仮名)の漫画家デビューも楽しみにしている。
詳しくは話せないが、かなりいい所まで進んでるらしい。
決まったら一番先に連絡してくれるらしいから、その朗報を楽しみにしている。

そんな秋山がこの雑草プロに在籍していた期間は、たった「10日間」程度だった。
つまり秋山という女の子と、俺が知り合って過ごした日数は、正味10日間程度だったのだ。
それでも、何故か秋山には親しみを感じていたし、印象深い「濃い」思い出が出来たと思っている。おそらく秋山もそう思ってるだろう。

人と人の関係は過ごした時間や日数じゃない。
限られた時間にいかに「濃い関係」を築けられたかだと思う。
秋山がここを辞めてから、秋山と俺は一度も会ってない。
そんな秋山は有り難いことに、今でも俺のことを「励みになった」と言ってくれる。
そういったお互いが強烈で、濃い印象を持ち得たということは、持っている感性や精神が近かったということなのだろうか。

秋山は確かにちょっと変わっていた。無口で引っ込み思案で、下手をすると単に暗い女の子のように見えた。
だが、俺はその暗さの裏側に才能の片鱗を感じていた。それは何の根拠も無い俺の本能的な感覚だけだった。
だから秋山をいい方向に持っていってやりたかったし、本音でいろいろ話も出来た。
気取った事と面倒くさい事が嫌いな俺は、最初からズケズケと正直に秋山に接した。
だから秋山が雑草プロで心を開いてくれたのは俺だけだったと思う。
たった10日間程度の交流で、俺は秋山と半年ぐらいは一緒に過ごしたような不思議な感覚がある。

俺にはそんな関係の人間が何人かいる。数日間の交流しか無いのに、まるで昔からの親友だったかのような関係の人間が何人かいるのだ。それは時が何年も経過しても変わらない。
秋山もそんな一人だったのかもしれない。

そして人の心は不思議なもので、何で打たれたり、動かされるのかもよくわからない。
自由奔放な俺は、妻や娘からは「デタラメな男」として通っている。
そのデタラメな男の妻が、ある人物から「私は柳田さんに救われた男です。」と挨拶された時がある。それもある発表会で有名な人物にだ。本人の名誉もあるから名前は伏せるが、妻はビックリしてしまった。

断っておくが、俺はその人物を救った事もなければ、何もしてやった事もない。
後にわかった事は、当人が何十年間も悩み苦しんでいた事が、俺との何気ない会話の中で解決したらしい。
こっちは何もしてないのに、そんな有り難く思ってくれる人が何人かいる。人間同士の付き合いは何が功を奏するかわからない。

俺は秋山には何ひとつしてやれなかった。ただ正直に本音で接しただけ。そんな俺を印象強く覚えててくれただけでも嬉しかった。
人との出会いは、理屈じゃない、不思議なものが少しぐらいは存在するのかもしれない。
人間関係って、複雑だけど、そんな面白さがある。それはこの雑草プロにもある。だから俺は文句を言いながらも続いてる。

秋山もここに居た当時は、アニメ界の雑草の一人だった。
今は雑草から成長して、花開こうと頑張っている。
そう思いながら、秋山のデビューと幸運を願ってる。