桜散る・・・

                                                                                                           2015/04/02





辞めたばかりの粒焼を雑草プロの別室に呼び出した。

俺「実はなぁ、頼みがあるんだ。」
粒焼「えっ、何ですか?」粒焼が少し真剣な表情をしてる。
俺「悪いけど一日だけ、仕事を手伝ってくれないか?」
粒焼「スケジュールがキツイんですか?」
俺「うん、まぁ、その日は…、実はなぁ…」嘘をつけない俺は、正直に粒焼に事情を話した。
粒焼「ホンマでっか?!」俺の顔を見てニヤニヤしてる。
俺「ホンマなんですぅ~。」
粒焼「わかりました。あまり役に立てませんけど、僕で良かったら。」粒焼は俺の頼みを快く引き受けてくれた。
俺「そのかわり、みんなにはナイショでなっ。」
粒焼「大丈夫です、わかってますよ。」ニヤついた笑みを浮かべながら、粒焼が約束してくれた。

その返事を聞いて、俺はみんなの居るスタジオに戻った。

俺「月曜日の一日だけ、辞めた粒焼君に仕事手伝ってもらうからな。」
「粒焼君???…」土条が何か感づいた。(しまった!)

土条「柳田さん、変ですねぇ、柳田さんが名前を君付けで呼ぶのは、何かあやしい…」(もうこうなったら開き直る!)
俺「まあ、とにかく月曜だけは、粒焼さんに失礼のないようになっ。」
土条「ああっ!、今度はサンだ!、やっぱりあやしい! 絶対何かありましたねぇ?!」雑草プロのヌシの土条が噛み付いてくる。
俺「まぁ、いろいろ事情があるんだ。月曜は俺、夕方に来るから。」
土条「いったい何だろうなぁ?…」土条が一生懸命考えてる。
俺「とにかく、粒焼さんをよろしくなっ。」

そして月曜日を迎え、俺は夕方になってからスタジオ入りした。

俺「今日は粒焼さんに失礼な事はなかったろうな?」俺がおどけて、そう言うと、仕事の手を止めて粒焼が俺の顔を見て、ニヤニヤ笑ってる。
そこへ土条が、「柳田さん、教えて下さいよお。何があったんですかぁ?」と、口を尖らせた。
仕方ないので土条を別室に連れて行った。根が正直で嘘がつけない俺は、土条に事情を話した。

土条「ズル~イ!、女の子とお花見ですってえ~!」
俺「シッ!、こ、声がデカい!」(早くエサを与えねば!)
俺「わっ、わかった、じゃあ、明日レギュラー陣だけ午後出勤でいいから、お花見に行って来いよ。」そのエサに土条はおとなしくなった。

スタジオに戻ると粒焼と目が合うと、またニヤニヤしてる。
俺「粒焼、もうバレちまったんだよ。今正直に話しちまったんだ。よくもサン付けで呼ばせてくれたなあ。」粒焼に拳を振り上げると、「そっ、そんなあ…」と苦笑い。

そして翌日はレギュラー陣が粒焼も交えて、お花見の運びとなった。
それでリフレッシュ出来て、仕事がはかどれば言うことはない。俺はそんな効率を選ぶ。

前日に遅くまで頑張って、翌日も一定の仕事が終わっていれば、俺は定時じゃなくても帰宅させることもある。とかく仕事漬けのアニメーターは自分の時間があまり無い。たまには早く帰って、絵の練習をするとか、趣味に講じるとか、そんな時間も必要だ。もちろん仕事がしたければ、それは本人の自由に任せている。
俺のお花見だって、リフレッシュして仕事の効率を高める為の苦肉の策のひとつ。(言い訳がましいが…)

その前の日曜日は、南と南の親友のMちゃんと、三人でお花見。そして月曜は別の子とお花見。
直球しか投げられない俺は、そういう所だけは「緩急」がうまい…

日曜日は途中で南の親友のMちゃんの彼氏も参加しての酒。
酒の肴にプライドのレジェンドの話をしたら大ウケ。そのMちゃんの彼はフリーのダンサーとして活躍してる。
話を聞くと、ダンサー界でも四十歳を過ぎて、突然ダンサーに目覚め、その世界に入って来る素人がいるらしい。もちろんそれまで踊った事など全く無いド素人が…
それでも、たまには入れてしまうらしい。
舞台で殆ど動かず、ただ立ってるだけの役柄として利用するらしい。それでも本人はダンサー気分で満足らしい。

「ダンサーなんて、みんなプライドのかたまりですからね。」そんな話を聞いて苦笑。
「柳田さんが言うハッタリ屋もダンサー界にはいっぱいいます。」どこの世界でも同じような人間が居る事に関心。
「ただ、居ないのは挨拶出来ないとか、スタジオ乗っ取る奴、または足し算の出来ない奴はいませんねぇ…」(ああ、負けてしまった…)

そして桜咲く4月、この雑草プロにも新人達が入って来た。
期待はしてなかったが、その期待してなかった期待は裏切られる事はなかった…
全員トレスは初めて。そしてアグレッシブな人間は一人もいない…時間を割いて一時間ぐらい、アニメ界のシステムとこの会社のシステムなどを説明した。

俺「何か質問のある人。」
全員「…」
俺「じゃあ、不安な事とかある人。」
全員「…」

中には俺の大嫌いな「ゾンビタイプ」まで居る…
よっぽど頑張らないと無理だろうな…

俺「何か困った事や不自由な事があったら、遠慮なく言ってくれ。」
全員「…」

誰一人返事が無い…
俺の感は鋭い。そして神憑り的なのだ。

ああ…「桜散る…」