自分探しの旅人

                                                                                                           2015/01/29





「金がキツくなってきたので、近々辞めさせてもらいます。」
いつもの事だが、また一人消える。
そう言ってきたのは、元制作進行をしていた粒焼(仮名)だ。

半年前に彼がここに来た時から俺は予想はしていた。
彼はすでに30才を過ぎていた。アニメーターを始めるにしても、年齢的に遅すぎる。それにあまり計画性も感じられなかった。
話を聞くと、殆ど貯えが無いという。だから俺はハッキリと言った。

俺「アニメーターは最初のうちは全く食えないぞ。小遣い程度の金しか稼げないし、家賃さえ払えない。君がどれだけ力があるのかはわからないが、完全に一年は食えないぞ。」
そんな話は面接の時から聞いていたはずだし、何年か制作進行をしていたのなら、アニメーターの現実はわかっているはず…

俺「当面の生活費の工面と、その覚悟が出来ないなら、アニメーターは諦めた方がいい。」
その言葉に彼は困惑しながら、「じゃあ何とか金策を考えてみます。」と答えた。
…大丈夫なぁ…そんな不安を感じながらも俺は、彼が自分の可能性を試す為、真剣に取り組むのなら協力しようと思った。

その後、彼は何とか金を工面できたらしく、毎日出勤して試行錯誤を繰り返していた。
だが俺の直感通り、彼は上達はしなかった。半年経過しても 一日10枚も上がらない。
何が原因なのかはわかっていた。それは彼には真剣さが無かった。本人にすればあったのだろうが、最初にここに来た時からと同じように「行き当たりばったり」の感があった。

根はいい奴なのだが、全てその場しのぎ。
彼の担当は南だったが、「粒焼さんは、人に話を合わせてるだけで、何も考えて無い」とこぼしていた。

彼は遊びにはアグレッシブなのだが、仕事は「アグリっ渋」…
課題を出してもまともにやってきた試しがない。彼から技術的な事を聞かれた事さえ一度も無かった。
駄目なアニメーターにありがちな、頭が固く自分の頭の中の領域でしか物事を考えられない。そして他人を必要としないタイプだった。素人がそれでは上手くなるはずもない。

生活環境も行き当たりばったり…
俺「会社に炊飯器があるんだから、自炊したらどうだ?」
粒焼「いや、僕は駄目なんですよ。自炊すると、かえって高くなっちゃうんです。」…そんな馬鹿な…

そんな彼の「優柔不断さ」と「いい加減さ」を注意しようと思ってた矢先、彼と話す機会がやってきた。
そして彼と長い時間話したが、会話そのものが、その場しのぎの言い訳ばかりで、会話が成立しない。彼の「実像」が全く浮かび上がってこない…
俺は直球しか投げられない男。だからハッキリ言った。

俺「粒焼という一人の人間を論評すると、君は悪い人間じゃない。だけど…他には何も無い。ただ悪い人間じゃないだけの人間だよ…みんなもそう思ってる…」
粒焼「いや、僕は自分の意見が無いんじゃなく、全てに中立なんです。」

彼の言う「中立」は聞こえはいいが、「優柔不断」と「いい加減」を「中立」という言葉でごまかしているだけだった。悪く言えば「コウモリ」タイプ。敵はいないが、味方もいない。害にならない生き方が、誰にも相手にされない「害」に成りうる事だってある。

粒焼のそんな人物像が陰では「悪い人ではないけど、真面目な相談は出来ない人。」と評価されていた。
それでも仕事が出来るならまだしも、戦力外で意欲も感じられない。まして半年足らずで一人前のアニメーターになれるわけもない。

粒焼「僕は辞める日までは熱く、全力で頑張ります!」とガッツポーズをした。
俺「綺麗ごとは止めてくれよ、辞めると決めた人間が、モチベーション上げて熱く仕事出来る訳がない。教える方だって、辞めて行く人間に対して、親身になって真剣に教えられる訳がないよ。」

彼が辞める日までの残り日数は、社会人の責任として、惰性で仕事を全うするしかない。 そして彼は子供じゃない。すでに30才を過ぎた大の大人。
俺は彼に何ひとつ教える事ができなかった。ランニングを教えるにしても、まずは靴を履かなければならない。彼はその靴さえ履けなかった…そんなレベルだった。

彼は何故ここに来たのか?…何故アニメーターを志したのか?…未だに俺はわからない…それは本人ですら、わからないのかもしれない…
何の仕事でもそれを「生業」として生きるって事は大変だ。言い訳だけでは生きられない。
悪い人間じゃない彼には、「芯が無い」「自分自身」さえ無い。
この雑草プロには、彼のように安易な考えでアニメ界に入って来る人間が多い。

おそらく彼もこれを読むだろうが、同じような事は本人には言ってある。
彼がこれからも、「テキトー」を「中立」と置き換えて「自分探しの旅」を続けるのは、あまりにも哀れだ。

これから先もここには、数多くの自分探しの旅人が通り過ぎて行くだろう。