トトロの森

                                                                                                           2015/01/13





新しい年を迎え、雑草プロも仕事をスタートした。
とは言っても、作業内容が変わる事はない。ただ延々と机に向かって作業するだけ。
みんな上手くなって欲しいのだが、アニメーター個人のレベルは人それぞれ。飲み込みが早く応用力のある人間はそれなりに上達してるが、不器用な人間はトレス線を引くこともままならない。

そのうちの一人、鳩山(仮名)に激を飛ばした。
俺「もう半年以上経つのに、トレスも出来ないようじゃ駄目だ。今のままじゃ、アニメーターに向いてないとしか言いようがない。」…激と言うより半分本気だった。

鳩山は遅刻がちで、体もあまり丈夫じゃなかったので、みんなより早く退社出来るように計らっていた。
それでも遅刻がちで、一日数枚も上がらない。そして毎月の収入は二万円以下…
根はイイ奴なのだが、感情が面に出ないタイプ。時々居眠りして、やる気があるのか無いのかわからない。

俺「ハッキリ言って、今のままじゃ本当に無理だ。続ける気があるならいいけど、覚悟が無いなら辞めた方がいい。それは鳩山が決めること。自分の人生、じっくりとよおく考えてみろ。」そう言った。

鳩山は真剣な表情で俺の話を聞いていたが、数日後、俺にアニメをリタイヤすることを報告に来た。
鳩山「正直言って、柳田さんに向いてないと言ってもらって嬉しかったんです。自分でも薄々感じてましたし…」鳩山は意外に明るかった。
鳩山が続けた。「アニメーターの最初の頃の平均月収は、6万円ぐらいだと聞いてたんですけど、僕はその半分も稼げないし、このままだと奨学金も返せないので…」鳩山は罰のわるそうな表情で続けた。
「僕は自宅通勤なので、6万円ぐらいあれば何とかなるんですけど、その三分の一以下の収入ですから…」
鳩山の「奨学金」という言葉にドキリとした。俺の娘も今年は奨学金で高校に行く。

例え鳩山がアニメに向いてなくても、鳩山が続けたいのなら俺は反対はしない。だが金銭的理由と本人が決意したことならば、俺は何も言うことはない。正直言って、鳩山の仕事中の姿は痛々しかった…
ひょっとしたら、俺は残酷な事をしてるんじゃないか…そう自問自答してる時さえあった。
鳩山「そんなこと無いですよ。仕事は面白かったし、楽しかったですよ。」鳩山からそう聞いて少しは安心した。

俺「なあ、今度の日曜日に、何人かでハイキングに行くんだ。鳩山も参加しろよ。」
そうして鳩山もハイキングに参加することになった。

行き先は埼玉県の「狭山湖」だった。近くには「トトロの森」もある。
総勢9人で出掛けたが、遅刻の常習犯の鳩山は、期待通り遅刻して来た。
当日は狭山湖と近辺のお寺を周り、トトロの森を探索しながらハイキングを楽しんだ。

狭山湖近辺のトトロの森は、スポットが五カ所に別れていた。
トトロの森1号地の「虫たちの森」は所々に道標があるぐらいで、ほとんど自然のままの姿だった。サクサクと大量の枯れ葉を踏んで歩く感触が心地良かった。

ところが、別のスポットのトトロの森10号地近くまで来ると、所々に「トトロの森反対!」の大きな看板がやたら目に付く。(文章の終わりの写真参考)
「トトロの森」は森全てがトトロの森では無く、所々は別の所有者の持ち物なのだ。
トトロの森は自然保護のテーマがあると思うのだが、近隣の地権者の人達にとっては、何か複雑な問題があるのかもしれない。詳しくはわからないが、ちょっと残念なことだ。

ちなみに、今回のハイキングで、残念ながら、狭山湖近くのトトロの森は全部回れなかった。広範囲に分散してるので、徒歩で回るのには無理があった。行き当たりばったり感のハイキングを少し反省した。次回はレンタサイクルでも借りて探索しようと思う。

来月辞めて行く鳩山は、団体行動が苦手なのか、能面のような顔で、トボトボ付いて来たが、誘った方がいけなかったのか、イマイチわからなかった。
鳩山の感情の無いマイペースぶりが、俺は最後までわからなかった。
酒を誘ってもつまらなそうに、一人そっぽを向いて無言で飲んでいる。みんなの輪の中に入らない。
そしてこちらから声をかけないと口を開かない。場が白けることさえわからない。鳩山のマイペースぶりは常識では計れない。

鳩山「よく僕は人から誤解されるんです。」鳩山は言う。
それを「誤解」と理解しているようじゃ、鳩山は今後も社会から浮くだろう。
鳩山はきっとトトロの森のように、干渉されず自然に生きているのが、本人にとっては一番幸せなのだろう。

他人と関わらず、空気のように自分の存在を消して、仕事しているアニメーターはまだまだ居る。
そんな何人もの若者が、風のように通り過ぎて行く。



意外な看板