堅物アニメーター

                                                                                                           2015/03/07





一般社会にも堅物な人間は居るだろうが、アニメ界にもちょっと変わった堅物な人間が居た。
時々登場する拝さんもそんな人間の一人だ。(武士道アニメーター参照)
その拝さん、堅物と言うよりも、普通の人と感覚が、どこか少しズレている。

拝さんがアニメーターを引退してからのこと。

拝「もう女房と何十年も一緒に居るんだけど、この前初めて知ったんだ。」と拝さんが言う。
俺「何を知ったんです?」
拝「いやね、女房に一年の行事で何が楽しみかって聞いたら、クリスマスが一番好きだって言うんだよ。」
俺「そうだったんですか。」
拝「俺はそんなこと全然知らなかったんだよ。クリスマスなんて、俺は今まで祝ったことなんて無かったからね。まさか女房がそんなにクリスマスが好きだったなんて…」拝さんが感慨深げに言う。
俺「そうだったんですか…」
拝「今まで俺は仕事ばかりで、女房に何もしてやれなかったから、おととい女房にプレゼントしたんだ。」
亭主関白の拝さんにしては珍しい。
俺「へえ~っ…何をプレゼントしたんです?」
拝「女房がクリスマスが好きだっていうのがわかったから、散歩の帰りにサンタさんの置き物を買って帰ったんだ。」

なにい~!! 思わず言葉を飲んだ…???…サンタの置物…???…
そっ、そっ、そっ、それも、今は真夏…クリスマスにはほど遠い…
先輩がゆえ、お前はバカか…と言えないもどかしさ…気難しい拝さんのこと、何が気分を害するかわからない。

落ち着く為に一呼吸置いて、平静を装いながらも社交辞令を言った。
俺「きっ、きっと奥さんは喜んだでしょうねぇ…」
拝「いや、それがね、違うんだよ…それを女房に渡したら、有り難うとは言ってくれたんだけど、どこか寂しそうな顔をしてたんだ…あのサンタさんのデザインが気に入らなかったのかなぁ…」と考え込んでいた。
…違う…そういう意味じゃない…きっと奥さんも驚いたと同時に、気難しい拝さんに遠慮して堪えていたに違いない。(なんて女心がわからない人なのかしら…と…)

そんな拝さんと二子多摩川に散歩に行った時のこと。
拝さん、女房にお土産買わなくちゃと、商店街を行ったり来たり。悩んだ末に入った店がマクドナルド。
マクドナルドなら拝さんの自宅近くにもある。ここから拝さんの自宅までは電車で一時間以上はかかる。ここで買っても冷めてしまうし、買う意味が無い。

慌てて拝さんの腕を引いた。
俺「自宅近くのマックで、温かいのを買って持って帰ったらどうですか?」

俺のその言葉に拝さんが大激怒!
拝「俺の金で買うんだ!! 人から、とやかく言われる筋合いはない!」
俺「いや、でも…」俺の言葉をさえぎり、「ここで買うから意味があるんだ!」と一歩も引かない。

いや、まてよ、ひょっとしたら、ここの店限定の商品があるのかもしれない。そう思ってとりあえず拝さんに謝った。
だが拝さんが注文したのは、どこの店でも買える普通の商品…そして帰りの電車の中でもブツブツ…男が一度決めたことは絶対に曲げないのが拝流…例え間違いに気付いたとしても、意地になって曲げない…本当にめんどくさい…

俺がまだ若い頃、アニメーター仲間が、なぎらけんいちの「悲惨な戦い」という歌で盛り上がっていた。
この歌は若秩父という力士が、相撲の取り組み中にマワシが外れてしまったという、実話のコミックソングだった。
それを聞いた拝さん、烈火のごとく怒った!!
「貴様ら、一緒になって国技を冒涜するのかあ~!!」…シャレや冗談が通じない…

若い頃の思い出はまだある。拝さんを交えた数人のアニメーターとスナックに入った。
案内された席に着くと、そこへベロベロに酔っ払ったホステスが拝さんの横に座った。
「いらっしゃあい。」酔っぱらったホステスは、座るやいなや拝さんの股間の大事な所をギュッと掴んだ。
「何をするんだあ~!!」一喝と同時に拝さんは、ホステスの手を力強く払いのけた。

ヤバい! 慌ててみんなで拝さんをなだめて、その場を収めた。
拝さんの横に座ったホステスも、気まずい雰囲気に必死で拝さんに謝っっている。
当の拝さんは隣のホステスには目もくれず、正面を向いたまま眉間に皺を寄せている。あきらかに不機嫌だ。

ホステスは何とか拝さんの機嫌を直そうと、タバコに火を付けたり、水割りを作ったりするが、拝さんは正面を向いたまま。
まるで野武士が敵を威嚇するかのような殺気で、真正面を見据えたまま水割りを飲んでいる。マズい…拝モードに入ってしまった…
ホステスが話しかけても完全無視。俺を含めたアニメーター達もみんな気難しい拝さんの性格を知ってるから、トバッチリが来ないように無言で飲んでる。まるでお通夜のような時が流れた。

最悪の雰囲気だが、一番年長者の拝さんを置いて、誰も帰ろうなんて言い出せない。それに今日のスポンサーは拝さん。その場の空気は完全に凍りつき、みんな無言で飲んでいる。そんな状況が30分ぐらい続いた。

しばらくして運ばれてきたツマミをホステスが割り箸で挟んで、拝さんの口元に持っていった。
拝さんは背筋を伸ばし、真正面を見据えたまま、素早く首を前に突き出すと、目の前のツマミを「パクッ!」その動きが素早い。まるでカメレオンだ。
拝さんがホステスの差し出したツマミを食べた。
それが和解の合図だと受け取ったホステスは、再びツマミを拝さんの口元へ。
再び目の前に現れた獲物に拝さんは、口がまばたきするかのような早業でツマミを「パクッ!」。ツマミが一瞬で消えた。

ひと呼吸あってから、ホステスは再びツマミを拝さんの口元に。
ツマミはまたしても素早い動きで、拝さんの口の中に消えた。その動きはまるでコントかギャグだ…
ホステスは酔っ払ってるから空気が全く読めない。笑顔でまたまたツマミを拝さんの口元に持っていく…

バカ、拝さんはまだお前を許してないのだ。
それに対して拝さんの方も、意固地になって、無言でそれに食らいつく。

ホステス「はい、ア~ンして。」仲直りしてもらえたと勘違いしたホステスは、繰り返し拝さんの口元にツマミを運ぶ。
それに対して拝さんは恐ろしい形相のまま、真正面を見据えたまま、ホステスには目もくれず、そのツマミに食らいつく。
そんな動作が何度となく繰り返された。

俺は可笑しくてしょうがなかった。ここで吹いてしまったらヤバい。自分の太ももをツネリながら、必死で笑いを堪えていると、
「いい加減にしろ!」拝さんがホステスにキレた。
その声に驚いたホステスは、後ろにのけぞって床に尻餅を着いてしまった。
口いっぱいのツマミを頬張りながら拝さんは、「こっ、こんなくだらない素人の店は出よう!」と立ち上がった。
良かったあ…この嫌な空間から、やっと解放される…そんな安心感から、俺は体中の力が抜けていった。

後にも先にもこんな緊張感と笑いに苦しんだ酒はなかった。それにしても拝さんが最後に言った、「素人の店」の意味がわからなかった。
帰りの道すがら、その意味がわかった。
拝「あの女、接待のプロなのに、食わせ方のリピートが早すぎる。」

リピート…(アニメ用語の繰り返し)

堅物アニメーターの拝さんに俺は完敗だった。