俺は必要悪

                                                                                                           2015/03/20





今月にまた一人ここを去る。前回の粒焼と合わせて、今月は二人だ。
21才になる上村(仮名)は、まだキャリアも一年数ヶ月。
もともと彼は演出希望だったのだが、コンテも描けない演出にはなりたくないと、本人の希望で動画からスタートした。

だが、気楽に見るアニメと、仕事として描くアニメの違いに、本人もそれなりに苦しんだようだ。
上村は自宅通勤組だから、食う事に関しては困らない。それでもひと月に定期代に毛が生えた程度の稼ぎだったから、小遣いには困ったことだろう。
毎日遅くまで、終電ギリギリまで仕事して帰る。それがアニメーターの運命だ。上村もそんな一人だった。

上村の仕事が終わらなくて、会社に泊まりこむ事になった時、俺は「新聞紙布団」を作ってやった事があった。
真冬の明け方は、エアコンを付けていてもかなり寒い。その防寒対策として、大量の新聞紙を何枚も張り合わせ、何枚も重ねて布団サイズの大きな新聞布団を作った。そんな思い出が蘇る。

俺「じゃあ将来はまた演出を目指して再スタートするのか?」
上村「いえ、とりあえずはバイトして金貯めて、海外旅行でもしてみようと思ってるんです。」

意外な答えだったが、彼はまだ若いし、やりたい事もいっぱいあるのだろう。
アニメの世界に来たのもおそらく、彼の「おぼろげな夢」に魅せられてのことだったのだろう。
彼はまだ将来を決めかねて、自分探しの為にここに入って来たのかもしれない。
ここに来る若者は、そういった若者も多い。それはそれでかまわない。ただ最初の頃の信念が崩れるのが早過ぎる。

俺「ところで、どの辺に行ってみたたいんだ? 」
上村「ハイ、イギリスとかアイルランド辺りに行ってみたいですね。」
そこで俺はひとつボケを入れてみた。「そうか、イギリスに渡米かぁ…」
…アレッ?…誰も気が付いてくれない…
説明するのも面倒くさいから、スルーした。

上村がこれからどういった人生を送るのかはわからない。
ここ雑草プロは人の出入りが激しい。仕事的に言えば無駄な労力の浪費ばかりで、ここに残る人間は少ない。大体がアニメーターに向いてない人間ばかりが来る。稀に上手くなったとしても、今度は単価の高い会社に行ってしまう。
俺的には、その発展途上の期間だけでもと割り切っている。

ここに来る人間は大体が無口だ。他人を寄せ付けない空気の人間も居る。
無口と言えば、故・高倉健さんだが、「高倉健」さんは高倉健さんだから許されるのだ。高倉健さん意外の人間が、高倉健さんを演じてもそれは許されない。
「映画の世界」だから「高倉健」さんはカッコイイのだ。
もし現実に高倉健さんのような「無口なだけ」の人間が居たら、ただただ、めんどくさいだけ。
まして健さんのように中身があるのならいい。
ここは中身の無い「高倉健」が多いのだ。

本質的には決して悪い人間じゃないのだが、周りに迷惑かけようが、自分の事しか考えられない…その度合いが過ぎるのだ…
仕事に対しても甘いから、俺から説教を食らう。
「南に直してもらったのに、直したものも見ないのか! それじゃ、どこが悪かったのかもわからないだろ!」
やったらやりっ放し…後は他人任せ…

「やってもらって、ありがとうも言えないのか!」…やってもらうのが当たり前という意識…
「怒られて、すみませんも言えないのか!」…謝る事を嫌うのが、最近の若者の傾向だ…
「わからなかったら先輩に聞けよ! 自分の勝手な判断で仕事をするな!」…間違った判断で仕事をするから、何時間も無駄な時間だけを費やす…
「今日アップの仕事が終わらないなら報告しろ!」一切報告が無いから後で大騒ぎ…深夜まで先輩達が尻拭い…

そして説教しても無表情で「返事もしない」…そんな駄目新人がまだ何人も居る…
お前ら、無口なのはいいけど、それじゃ、「高倉健」じゃなくて「高暗嫌」だよ…

今日も出勤して、会社の狭い通路を通ろうとしたら、前から新人が来た。
普通は立ち止まって、先輩が通るのを待つのが礼儀。
ところが、そいつは強引にすれ違おうと進んで来た。
お互い横になりながら、腹を突き合わせて体が摩擦でズリズリ状態。こっちはリュックを背負ってるから、ますます窮屈。そいつが通り過ぎた後、全員集めて説教。
「君らは常識が無さ過ぎる。先輩後輩という関係を学校で学ばなかったのか? もしここが学校の部活だったら、君らは全員ブン殴られてるぞ!」こんな程度の事も言わなきゃわからない。いや、言ってもわからない。誤りにも来ないのだから…

その夜。
新人の女が同期の新人男の描いた動画のあがりを見て批判している。
この女、上手い人間の作業に対しては目もくれないのだが、自分より下手な人間に対しては、鬼の首を取ったように批判する。
その仕事を描いた人間がいないから、言いたい放題…
俺に言わせりゃ、その新人女も五十歩百歩。自分のレベルさえわかってない。こういう輩はどこの会社にも居る。特にこの女は何度注意してもわからない…

だったら…よおし、見てろよ、俺には考えがあった。
翌日会社に出勤した俺は、全員を集めた。
昨夜仕事を批判されていた新人男に言った。「君は彼女から蔑まれてるから、頑張って見返すように。」そう言って批判していた女を指差した。
そして批判していた当の女にも言った。「教えてる立場の人間が言うなら別だが、同期で同レベルの君が彼をボロクソに批判する立場じゃない。」俺はハッキリしている。全て直球だ。
俺「単なる軽蔑で、誰の得にもならない人の批判は二度と止めてくれ!」

この女、何度も人の批判をして注意してもわからないから、今回は全員の面前で全て晒してやった。
その場は批判した方もされた方も気まづそうな顔をしていたが、俺はそれで終わらない。
二人の席を隣同士になるように席の移動を指示した。
女が気まづかろうが、何だろうが、心入れ替えて、一から出直さなけりゃ、不信感もぬぐえない。信用を落としたら、回復しようと努力するのが人の道。言ってみれば俺はチャンスを与えたのだ。それが嫌で辞めるなら「その程度の人間」。どこの世界へ行ったって同じこと。

俺は礼儀や仁義を欠く人間には厳しい。
そして俺は最後に付け加えた。
俺「今回の事に限らず、君らは自分勝手で他人に対する思いやりが欠けてるから駄目なんだ。気持ち良く仕事出来るようなスタジオにしてくれ。」

あまり言いたくないが、アニメーター気質は昔と変わった。昔のアニメーターは最低限の常識はあったし、貧乏をバネにした。今は貧乏を体全体で背負って陰湿になるタイプと、やりたい放題のタイプも居る。後者は何の苦労もせず、全額仕送りで生活してるから、人の感情さえわからない。全てを許され甘やかされて育ってきたから、人としてのルールさえわからない。同僚を批判してた女はまさにこのタイプだ。

「君らがなぁ、いつか原画を描くようになって、制作の人や演出と打ち合わせでもするようになった時、今のような態度で人と会ったら困るのは君らだぞ。演出だって一人の人間、不快にだって思うだろうし、意志疎通だって出来やしない…それに同じ画力なら、爽やかな人間の方に仕事は回ってくる。」…そんな説教しても、死んだ魚のような目をして一切反応が無いから、理解してるか、してないかもわからない…

大小の差はあれ、駄目アニメーターはどこも一緒。
例え無駄でも言いたい事は言っている。本当は小言なんて言いたくもない。誰も得しないから言ってるだけ。それでもやっとまともな挨拶が出来るようになっただけまだマシか…
これからは「ハイ!」という返事と「ごめんなさい」という言葉を覚えよう。

毎日が小学校の先生になったような気分で仕事してる。
俺が古臭い人間なのかもしれないが、どんなに時代が変わっても、他人の事を考えられないような人間になったら終わりだ。
どう思われようと俺は「必要悪」だと思って小言を言い続けてる。