ヌシが病気

                                                                                                           2015/05/28





日曜出勤をした。

アニメーターは入れ替わりが激しい。
人数が減れば、それだけあがりも悪くなる。だからといって仕事の量は減らせない。特に下請けは仕事量を一度減らしてしまうと、すぐには元に戻らない。
人数が増えて、元の一定の仕事量に戻そうと思っても、出す側も調整をやり直さなくてはとならないだろうから、すぐには戻らないのだ。
そんなわけで、人数が減っても一定の仕事量はやらないと、アテにはされないし信用も得られない。
よって、人数が減るとやりくりが大変になる。

そんなわけで最近は月イチの日曜出勤は常識になっている。新人達もまだまだ発展途上なので、毎日ギリギリの状態で仕事を仕上げてる。
今回もレギュラー陣だけ日曜出勤して、なんとか仕事のメドも立った。
仕事が終わった後、3日後に退社する足立(仮名)のささやかな送別会を開いた。前日に用意していた酒とツマミで、軽い宴会。

足立はアニメを始めて三年数ヶ月のキャリアの女子だ。つい最近まで第二原画を描いていたが、動画の人員が足らず、最近は動画に回ってもらっていた。
アニメを辞める理由は、やはり金銭的理由が一番大きかったようだ。足立は都内にある実家から通勤していたから、衣食住には困らなかっが、定期代、携帯代など身の回りの物を支出すると、毎月ギリギリだった。そして実家にお金も入れられず、将来の不安からリタイアする決心をしたようだ。

その送別会には、すでにここを辞めて、今はゲーム業界に居る足立の同期のヨリ(仮名)も遠くから駆けつけた。
ささやかな送別会は、足立が三年間頑張った労いと、思い出話に花が咲いた。
こういった酒席の場では、雑草プロの土条が俄然才能を発揮する。明るく愉快な彼女は、サービス精神旺盛な笑い話の語りべとなるのだ。
その夜の酒も土条は、元気に持ち前の才能をいかんなく発揮していた。

ところが、翌日。その土条が体調不良で病院に行ったところ、緊急入院になってしまった。
病院から電話してきた土条は、雑草プロの猫の手も借りたい現状を知ってるから、仕事の事ばかり心配していた。昨日まであんなに元気だった土条が、突然の戦線離脱…こちらも痛いが病気じゃ仕方がない。
土条の電話での話によれば、腎臓に細菌が居るらしく、最低一週間は入院が必要とのこと。

何の保証も無い出来高制の土条にとっては、休めば休むだけ収入も減ってしまう。
入院費もかかるだろうし、何の保証も無いアニメーターとしては辛いところ…
毎日朝10時から夜の12時近くまで作業しても、生活するのがやっと。それでも何とかやりくりして頑張ってる。
土条は南と同様、雑草プロの功労者の一人でもあるが、会社側からは何ひとつ無い。会社は「お大事に」という言葉すら出すのをケチる。

それでなくても忙しいのに、ここで同時に足立の退社と土条の戦線離脱はキツい。
さっそく足立にお願いして、退社を一週間延ばしてもらうことにした。
いつも元気な土条が、よもや病気になるとは思いもよらなかった。

女子高校生時代の彼女は、自転車で通学途中に土手から自転車ごと転げ落ちた武勇伝を持っている。落ちた場所が最悪で、有刺鉄線の真っただ中!
その有刺鉄線に絡まり血だらけになりながら、必死の思いで脱出。まるで映画の「大脱走」のスティーブマックウィーンさながらの武勇伝だ。
周りの人間が驚いて駆け寄っても、「これからテストがありますから。」と何食わぬ顔で学校へ登校…

そんな強者の土条が病気になるとは…
まさか、今度は病院から「大脱走」したりしないだろうな…

そんな土条の完全復帰を待っている。