絵の暴力

                                                                                                           2015/07/04





他のスタジオの作画監督のM君が、近々ここを辞めるらしい。

数年前に俺がここへ来た時、M君は動画マンだった。
その当時俺は2つのスタジオの新人の管理を任されていたから、M君のことはよく覚えている。
真面目でおとなしいM君は好青年だった。アニメーターとしてレベルアップを目指すM君の仕事姿は、言葉を発しなくても、その空気感で感じられた。
そんなM君とは特別な交流もなく、会った時に挨拶を交わす程度だったが、他のダメアニメーターとは次元の違いを感じていた。

M君はそのうち原画になり、みるみるうちに頭角を表し作画監督になった。
そのM君が何故辞めるのか本当の理由はわからない。金銭面の事もあろうが、それだけではないだろう。

M君の居るスタジオは全てにおいて「事なかれ主義」。規律も無ければ、個人主義の塊で、仁義も無ければ正義も無い。
描き手のトップの作画監督でありながら、何の特権も無ければ、彼を護る人間も居なかった。それが全てだろう。
時々、彼の修正を入れた絵を何度か見たが、ほぼ描き直し…
そして原画マンに気を使ったコメントまで書いてある時もある。彼は自分の先輩の絵を直さなければいけないのだ。

その直された原画の絵を見ただけで、俺は全てを理解した。
絵を描く人間は、その絵が一生懸命描いた絵か、テキトーに描いた絵かはすぐわかる。
殆ど後者の絵だ。その絵からは、直されて当たり前、どうぞご自由にという無言の言葉が絵からにじみ出ている。これから修正しなくてはならない作画監督に対する敬意も無い。
ダメなアニメーターの特権である個人主義の間違った自由奔放な絵…
そんな「絵の暴力」

向上心も薄いから、作画監督のM君に対しても、あれこれ質問したり教えを飼う人間もいない。
原画の前の段階のレイアウトから、ほぼ直し。それをM君一人で補っている。そして感謝もなければ敬意も無い。
周りにそれを正す人間もいない。それが証拠にM君は孤立し、スタジオの人間との会話は全く無いという話が伝わって来る。

以前に俺はそのスタジオの制作の人間に言ったことがある。
「もう少し礼儀や仁義を保って、規律を守るように注意したら? 」
制作「そうしたいけど、注意するとみんな辞めちゃうから…」と苦虫を噛み潰した顔で言う。
俺「だったら、そんな奴ら辞めさちまえよ。」
制作「そうなると社長が怒るんだ、なるべく辞めさせるなって…」

その点が俺とは違う。俺はカスは要らないから、ハイ辞めていいよと言うから、会社には嫌われてる。
毅然とした態度をとらないから、どんどん悪循環に陥っていく。
改革には多少の血が流れるが、会社はその血を恐れる。そんな従業員にナメられてる会社の方が情けない…
俺だけが仁義の為に孤軍奮闘戦っているのかもしれない。
この雑草スタジオでは、新人が入って来た段階で、自由と自分勝手の違いを植え込む。その代わり中の人間は身をもって護る。

M君…そうだよな?
君を大切にして、君を護る人間がそこには居なかった。
「絵の暴力」で疲れ果て、そのうえ自分達がいかに人間として間違っているという事すら、感じてない集団に嫌気がさした…

でも大丈夫。君なら他でやっても充分通用するから。陰ながら応援する。そのスタジオの本当の「闇」を知る前に。