バイト長者

                                                                                                           2015/06/16





新人の高山(仮名)がコンビニでバイトを始めた。

高山がここに入って来てから約3ヶ月が経過した。だが、まだ初給料ももらってない。最初の2ヶ月間は練習で、やっと本番の仕事に入ったが、そのお金が支払われるのは、あとひと月待たなければならない。
そしてその初給料も始めたばかりで、大した額にもならない。新人の高山にとっては、まだ仕事にも慣れず、悪戦苦闘の状態だから、初給料もおそらく電気代程度にしかならないだろう。

始めたばかりの出来高制のアニメーターが、アパート代を払えるようになるには、まだまだ月日がかかる。
たぶん高山は、これほどまで「アニメーター」という職業が、食えるようになるまで大変だとは思ってはなかっただろう。

アニメーターになりたいという若者は、日本中には数知れないぐらいいる。そして現実にこの世界に飛び込んで来る人間は、それなりに腕に自信を持っている。まして高山のようにアニメ学校を卒業して来る若者は、それなりにプライドと自信がある。
そういった若者が勘違いしているのは、日本中には、自分よりもっともっと上手い人間が存在する事を計算に入れてないのだ。
また噂でアニメーターが低賃金だという事を知っていても、数ヶ月もすれば、そこそこ食えるんじゃないかと安易に考える人間もいる。

高山もそんな自信家の一人だったと思う。彼との最初の頃の会話で、そんな印象を感じた。
だが想像と現実のギャップに気付いて、冷静に今後の生活基盤を考えた時、バイトをしないと生きられない事に気付く。そしてバイト。
特に地方から上京して、親の援助を受けられない若者は、高山のようにバイトをしながらじゃないとアニメは続けられない。
俺が大金持ちだったら、そんな頑張る若者達に金銭的に協力してやりたいが、そんな余裕はない。
高山がバイト明けの日の出勤時間を遅くズラしてやる事ぐらいしか出来ない。

高山「ありがとうございます。助かります。」
俺「ところで、バイトして月にいくらもらえるんだ? 」
高山「面接の時に店長から、いくら欲しいんだって聞かれたんですよ。」
俺「うん、それで? 」
高山「だから、せめて10万円は欲しいですって店長に言ったら、じゃあ週ニでいいんじゃないかって言われたんです。」
俺「週ニ!?…それで10万円貰えるのか? 」
高山「はい、バイトは夜ですし、それぐらいにはなるようです。」

新人が雑草プロで10万円を稼ごうと思ったら、かなりの時間と労力が必要になる。はっきり言って不可能に近い。
どっぷりと社会の低下層で生きてるアニメーターにとって、金銭感覚のズレがそんな会話の中から、あらためて気付かされる。

という事は、週六日バイトしたら…

アニメーターに例えたら、一流アニメーターどころの収入だ。
金銭的に言えば、業界の一流どころの人間が、新人のバイトの人間と対等の稼ぎ…それがアニメーターの宿命。
描き手のトップの作画監督に登りつめたとしても、一般サラリーマンの生涯賃金には遠く及ばない。
それでも俺を含め、人間の「変わり者」は喘ぎながら仕事してる。

高山「それに、本当は違反なんですけど、賞味期限の切れた弁当や食材も貰えるんです。」
俺「前にここに居てコンビニでバイトしてた奴もそう言ってたよ。」
高山「バイトの金の他に食い物が貰えるのは嬉しいですね。」
俺「急にリッチになっちまうなぁ、言っとくけど貰った賞味期限切れの弁当、見せびらかして食うのは反則だからな。」
高山「はい。」
俺「…」
そんな冗談も冗談として通じないのが辛い…

そんなある夜、高山のバイトの様子をこっそり見に行った。
店のガラス越しに覗いて見ると居た!
だが、眼鏡をかけて風邪もひいてないのに大きなマスクを付けて変装している。誰に対しての変装かはわからない…
会社の人間には高山本人が公言してるから、会社の人間に対してではなさそうだ。

そのコンビニは会社とは目と鼻の先にある。バイトするにしても、普通はもう少し会社から離れた所ですると思うのだが、変装といい少し謎が多い。彼の恋愛論も謎が多い。
高山「女は金がかかりますからねぇ…」
俺「えっ、なんだ?、昔付き合ってた女は、金遣いが荒かったのか?」
高山「ええ、まぁ…」
俺「バイクでも買ってくれとでも言われたかい? 」
高山「違いますけど、…マックとか…」
「マックとか!?…」

その言葉を聞いた女性陣が言葉を失った…
そんな話を真面目に話せる高山は凄い。

その高山、レジで店長らしき人物から説明を受けている。下を向いたまま辺りに目もくれず、真剣に教えてもらってる。
店内に入って辺りをウロウロしてみたが、高山は下を向いたままレジ作業に従事。
顔を合わせたら気マヅイだろうから退散した。

高山のようにまだバイトで雇って貰えるならまだいい。ここにはまともな会話さえ怪しい人間が何人か居る。

高山もとりあえずは何とか生き延びられそうだ。一生懸命バイトして、仕事も頑張ってくれ。デートは「自販機」で済む彼女でも見つけて幸せになってくれ。バイト長者の高山君。