三猿

                                                                                                           2015/04/21





深夜まで新人達の練習素材と課題の作業に追われた翌日。
ちょうど昼休みの掃除の時間に出勤した。
俺の顔を見ると、レギュラー陣は挨拶するものの、新人達が挨拶しない…それも俺に気付いていながらだ。

挨拶が出来ないのは「アニメーターの専売特許」だとわかっているが、コイツらはまだアニメーターじゃない。百歩譲って戦力になってる人間ならまだいい。ところがコイツらは手間だけかかって、クソの役にも立ってない。そして世話になってる人間に挨拶さえ出来ない。一体どうなってるんだ? 人を馬鹿にするのもほどがある。

すぐさま全員召集させて、俺は猛獣に変身した。そして、怒りの雄叫び!
その矛先は先輩達にも及んだ。「テメエらがダラシナイから、こんなボンクラばっかりなんだ!注意するなり、もう少し締め上げるなりしろ!」
直球しか投げられない俺の力任せの「ビーンボール」だ。

他のスタジオはこれが許されている。挨拶しようがしまいが注意する人間もいない。人として完全に諦められている。だから客人が訪れてもシカトして、会社の印象は悪くなる。

その後、たまたまその場に居なかった新人の中で、普通に会話出来る人間を別室に呼んだ。

俺   「最近の若い奴らは挨拶も出来ないのか?」

新人「きっと今までの人生の中で何かあったんでしょうねぇ…」

俺   「何だそれ?…」

新人「閉じこもる人間は自分しか見えないんですよ。」

俺   「いや、閉じこもってもいいけど、難しい事は言ってない。単なる挨拶だぜ。」

新人「過去に何かあって、それを引きずって人間嫌いになってるのかもしれませんね…」

俺   「人間嫌いでもいいさ、俺のことをどう思おうと、それは自由だ、例え嫌いでもいい。ただ嫌いな上司だったとしても、社交辞令で挨拶するのは社会人としてのマナーだ。おかしいだろ?」

新人「残念ながら、そこの所が心閉ざした人間は自分しか見えてないんですよ…僕も過去に心閉ざした時期があったから、少しは気持ちがわかるんです…」

…何だか話の展開が、難しい話になってきた。「単なる挨拶」がそんなに難しく大変なものなのか?…

俺   「俺だって過去には悩んだ事もあるよ。でも決してそれを他人には向けなかった。一人で悩み抜いて、行き場が無くなるまで考え込んだ。そういった繰り返しだった。でも最後はいつも開き直ってたよ。もしこの問題が解決しなかったとしても、俺はすぐに絞首刑になるわけでもない。そう思うと、気持ちが楽になって前向きに考えられるようになったんだ。そんな事の繰り返しだったよ。」

新人「そうですか…でも、そうやって開き直れる人はいいんですよ…それが出来ない人間がああなるんです…何かうまい方法があるとは思うんですけど…」

俺   「あるかもしれないけど、俺はカウンセラーじゃない。それに誰にだって悩みはある。そういった個人の内面の問題を解決してやらなくっちゃ、挨拶もしてもらえないということか?」

新人「確かにそうですよねぇ…」

俺   「それに一応ここは会社だ。挨拶も出来ない、人と関わり合いを持つ事も出来ない人間を教えられるわけないだろ?」

新人「難しいですよねぇ…」

俺   「南も言ってたんだ。教えていても返事しないから、わかってるのかわかってないのかわからないって。」

この新人のように「気持ちはわかる」という気持ちが俺にはわからない…わかっちゃ駄目なのだ。したくなくても「する」のが大人。

俺「挨拶しろって言ってもしない、教えていても返事もしない、そんな輩の為に夜中まで雑用してるとしたら馬鹿らしいだろ?…キツい言葉だけど、人間を拒否する人間は社会に出てきちゃいけないんだ。そういう奴は一人っきりで生きるか、それが出来ないなら、まずは病院で治療するのが先決だよ。」

ここを辞めた馬鹿女に言われた事がある。「柳田さんが人に対して見返りを期待するからいけないんですよ。」
…「挨拶」や「返事」が見返りか?…その感性が全く理解出来ない。
馬鹿アニメーターの論理はみんなこんなもん。仕事に対しての責任感も無く、単なる趣味でやっている。
恋愛や結婚すら諦め、自分一人が食っていければいいのだ。国民健康保険も払ってないから、病気になっても医者に行けない。そういった駄目な先輩を見習っちゃ駄目なのだ。
社会からはじき出され、「挨拶」、「返事」、「すみません」の言えない若者達の最後の砦がアニメーターなら寂しすぎる…

挨拶せザル、返事せザル、謝らザル馬鹿ザルの「三猿」にはもう飽きた…