バカ青春

                                                                                                           2015/07/25





「はい、わかりました! ありがとうございます!」
そうハキハキと答えるのは、新人の宮下(仮名)だ。

宮下は大学を卒業して、地方から上京して来た二十代前半の新人だ。
学生時代はボクシングをやってたらしく、アニメーターには珍しい体育会系の好青年だ。
宮下が凄いのは、挨拶も返事も会話も出来るのだ!(普通の事だ!)
アニメーターで、挨拶、返事、会話の三拍子揃った人間は、なかなかお目にかかれない。(特にここは…)

その彼は経済的な事も考えて、親友である同じアニメーターとルームシェアして頑張っている。
そんな宮下の性格は熱い。
アパートに帰ると、同居している親友とお互いに遠慮の無い激を飛ばしながら、絵の練習をしているとのこと。

宮下「昨日ヤツが部屋で落ち込んでたんで、俺怒ったんです。」
俺「へえ~っ」
宮下「そんな気持ちでどうする! 最初の気持ちはどこへいったんだ!」って言ってやったんです。」
俺「それで? 」
宮下「そしたら、奴が俺が悪かったって言ってくれたんで、また一緒に練習したんです。」
…まるで昔の青春ドラマのよう。そんな話を真剣な表情で話す宮下は熱い。このまま純粋な気持ちで上達してくれる事を願う。

そんな真面目な好青年だが、仕事で失敗をすれば俺は怒る。
宮下「はい、すみません。次から気を付けます。」宮下はスポーツマンらしく怒られ方も清々しい。
自分の為に怒ってくれてるんだとわかっている。宮下に変なプライドや見栄は一切無い。
来る者拒まずの会社でも、たまには気持ちいい奴も来る。だからと言って宮下を仕事で特別な扱いはしない。みんな平等だけども、心の中だけで差別はしてる。

こういった純真で真面目な若者でさえ、アニメ界では人を人とも思わない扱いと低賃金に苦しみ、やがて人間不信に陥って去って行く…
宮下がこれから先どうなるのかはわからないが、今はひと月三万円程度の稼ぎで頑張っている。
俺には金銭的協力は出来ないが、せめて精神的な面だけでも補ってやろうと思ってる。

ちなみに宮下の同居する親友が在籍するスタジオでは、挨拶しても返事が返ってくるのは二人だけらしい。
交流を持とうと話しかけても、邪険に追い払われてるらしい。時々それにめげそうになるとのこと。それでも挨拶だけはしっかりやろうと、無視されても頑張ってやってるらしい。

道徳心も規律も存在しない。そしてそれを注意する先輩もいない。他人の事など我関せず。そして社会の最低限のマナーも無い人間が多いから、アニメーターは見下される。
「おはようすっ!」
俺「テメエ! ふざけんな! 先輩には、お早うございますだろ! 」
雑草プロでは、挨拶ひとつ手厳しい。

宮下「ここには常識無い人もいますから、時々柳田さんとのやりとり見ていて、こっちがハラハラする時がありますよぉ。」
俺「そうか? 俺が怒らない時は、もう諦めてる奴だから。」

俺にも新人時代はあったが、今とは仕事場の空気感も違っていた。
ここで俺が新人時代に描いていたアニメを思い出してみよう。
手元に一冊のメモ帳がある。四十二年前のメモ帳だ。
ここには新人時代に俺が描いた動画の作品名と、話数とカット番号が書いてある。

初作品が「ゼロテスター」。まだ十七歳だった。その後は「ゲッターロボ」、「ゲッターロボG」、「宇宙戦艦ヤマト」、「グレートマジンガー」、「UFOロボ・グレンダイザー」、「鋼鉄ジーグ」、「マグネロボ・ガ・キーン」、「ドカベン」、「惑星ロボ・ダンガードA」、「超人戦隊・バラタック」、「無敵超人・ザンボット3」、「爆走・ルーベンガイザー」、「アローエンブレム・グランプリの鷹」、「ボルテスV」、「闘将ダイモス」、「スタージンガー」、「ダイターン3」、「一発カン太くん」などが書いてある。

新人時代に描いていて、一番好きなアニメはゲッターロボだった。
各話完結で、アニメはまだ子供のものだった。

この時代はCDなどはまだ無く、レコードが全盛時代だった。
会社では歌謡曲と共にアニメのレコードも流れ、その中に「アクションレコードシリーズ」という物があった。それには曲と曲の間奏の間にメインキャラのセリフが入っていた。
「トマホオ~~ク、ブウメラア~ン!」、「ズバズバババーン!」(爆発音)
そんなレコードを聞きながら、みんな黙々と仕事をしていた。その空間に暗さは無い。

先輩は後輩を可愛がり、後輩は先輩を慕って何でも聞いた。
そして遊ぶ時は徹底して遊んだ。くだらない事でも一生懸命だった。
そこには若さの発散と、みんな人間が大好きだった。

セル時代のアニメと今のアニメが違うのは、作画に関してもっと自由度があった。
原画マンの描く原画にしろ、原画マンの意思はもっと尊重された。

病的な作品になると、微妙な顔の角度さえ、事細かく指定される。原画マンの動きのタイミングでさえ、原画マンに知らせないまま、直されてしまうこともある。そして動画も、およそ肉眼では判別出来ない細かな箇所までリテークになる。ストップモーションで見ないとわからない箇所までこだわる。
実写の映画やドラマでも主役が、半開きの眼をストップモーションで見ると恐ろしくマヌケな顔になる。だが病的なアニメではそれさえ許されないのだ。

今のアニメーターは、そんながんじがらめの中、「綺麗な絵」を描く事だけを求められている感もある。
理性をどこかに置き忘れてしまったアニメ界…

貧乏だけならまだしも、高飛車な無理難題に精神的にも追い詰められ、やがて口を閉ざして貝になる。(最初から貝も居るけど)
貧乏を乗り越えて技術と共に、理不尽な事にも耐え、強くたくましくなければアニメ界では生き残れない。
それでもアニメに群がる若者は絶えない。宮下のように気骨のある人間が、少しでもいいから歪んだ環境を変えてくれればと思ってる。

それにはまず、上手くならなくちゃなっ。

アニメ界の最下層で生きてるからこそ、いろんな人間との出会いがある。馬鹿ばかりじゃないから、まだ救いはあるのかも。俺のバカ青春はまだまだ続く。