馬鹿話

                                                                                                           2015/02/16





前回の馬鹿男は、時期をズラして他のスタジオに移動との事だったが、それは俺が絶対に許さない。「ブラック企業」と罵ってスタジオで大騒ぎした以上、このスタジオに来て詫びを入れない限り、他のスタジオ入りは絶対に認めない。

あまりにもふざけた決定を下した制作の人間に俺は猛抗議した。別のスタジオとはいえ、同じ会社なのだ。
制作の人間も俺の本気と筋だけはキッチリ通す性格は知ってるから、全て認めた。ここに来て詫びを入れない限り、採用はしないという結論になった。

話によると、馬鹿男は時期をズラして再び来ると言ってたらしい。
おそらく「時期をズラす」というのは、その間いろんなアニメスタジオを回って、どこも駄目だったら、最後の砦としてここに来る腹積もりなのだろう。
まさか他のアニメ会社で、36歳の素人を採用するとは思えないが、もしSという36歳の素人男を雇った会社があったら御一報を。尊敬申し上げます。

それにしても馬鹿男の最後の捨てゼリフが、今や雑草プロの人間達の笑い話になっている。
馬鹿男「アニメ会社はここだけじゃないんだ! 僕はこう見えても、数社のアニメ会社を受けてるんだ!」
???…そんなの自慢になるか?…
他のアニメ会社から引く手数多だと言うんなら別だが、受けてるだけじゃ何の自慢にもならない。
それに「こう見えても」だって?、凄いっていう事か?…
ホントプライドが高い世間知らずで、今やここでは笑い者になっている。

話は代わって、マヌケと言えば、昔は今では考えられないようなマヌケな失態をする人間もいた。
まだアニメがセル画の時代、伝説として有名なのが、ある制作進行の話。
その進行が大判の背景を外注の背景さんの所に取りに行った。ところが大判なので運びにくい。
考えた末、その進行は大判の背景を4つに畳んで持ち帰って来た。
背景に筋目が入ったら使えない…
大目玉を食らったらしいが、今のデジタルアニメならば、背景を画像処理して何とかなるだろうが、セルの時代は無理だった。

また当時は勉強不足の演出家もいた。
演出なのに「オーバーラップ」を知らないのだ。
俺が原画を描いていた時代。あるシーンで意識を失ったおじいさんが、ベッドに横たわっている。
そして意識を取り戻して、蒼白だった顔が血色のいい顔になるというシーンだった。

俺が描いた原画は、顔をゆっくりと動かしながら、オーバーラップで顔の色が変わっていくというものだった。
すると演出が俺の描いた原画とシートを持って飛んで来た。
演出「柳田さん、これ何?… 」シートの撮影指示を指差しながら、不思議そうな顔をしている。
俺「OLです。」 (オーバーラップの略)
演出「何それ…」
半ば呆れながらそれを説明すると、演出は「ふ~ん…」と不思議そうな顔をして戻って行った。

それからしばらくして、オンエアが終わった翌日、チーフディレクターがその演出の元へやって来た。
「■■ちゃん、昨日のあの顔色が変わるシーン良かったね!」チーフディレクターが誉めた。誉められた演出は、「うん、まあね、枚数使えないから、ああいくしかないからね。」という会話が後ろから聞こえてきた。

そしてこの演出、よくポカもあった。ある時、原画のリテークが来た。主人公の服を戦闘服に直してくれというものだった。
おかしい…もうすでに戦闘は終わってる…服を直したら次のカットと繋がらなくなってしまう…
まあ、何か演出の考えがあるのだろうと思って、指示通りに直した。
オンエア後、他の進行と顔を合わせると、「柳田さん、アレなぁにい~?、服が突然変わって、すぐさま元の服に戻ってるじゃないの。」と、俺の顔見てニヤニヤしてる。
俺「俺のせいじゃねぇよ、■■さんの指示で俺は直しただけだ!」
そんな手品師みたいな事を主人公にさせてしまった事もあった。

その演出さん、俺より年上だったから、素直に従ってたけど、その人から絵の事やタイミングの事をいろいろ言われると、無性に腹が立った。
今は制作会社の管理体制もしっかりしてるだろうから、そんな事は無いだろうが、セル画の時代はとんでもない事がままあった。

ビックリしたのは、女の子がベッドに座って、両足を上下にパタパタ動かすシーンで、足が上下動ではなく、交互に回転してるなんてのも見た。両足が扇風機のように回転してるのだ! それは完全な動画マンの失態だった。

原画を描いてた頃は理不尽な事も多かった。作画監督からキャラクターの対比が一回り大きいから、一回り小さくしてくれというリテークがきた。指示通り、一回り小さく描き直して提出した。
2、3日すると今度は、キャラクターが一回り小さいというリテークがきた。
そこで最初に描いてリテーク原画を提出したら、そのまま通った。(一体最初のリテークは何だったんだ…???…)

またある作品に途中から原画で参加した時、まだキャラクターに慣れてない俺は、その作画監督のキャラクター画集を買った。
その作画監督の描いた原画で、丁度いい大きさの絵があったので、そのままソックリ写した。
ところが、作画監督の上がった絵を見て驚いた。
全面修正だ。顔のニュアンスが違うぐらいならまだいい。髪の先から輪郭、眉、目、鼻、口、耳、首、襟元、全てに修正が念入りに入っている。まるで俺が写した絵など無用だというように、使える箇所は一ミリも無かった…(この人が描いた絵なのに…)
作画監督も人の子、その日の気分次第で絵の感覚が違うんだなと知った。そんな演出家もいる。

この雑草プロの原画マンも時々演出家から、理不尽なやり直しを命じられる時もある。
原画が終わった後、突然コンテや打ち合わせと違った類のリテークが来るのだ。演出家の「その日の気分」なのだろうが、描き直しても金は出ない…
人間社会は、一足す一は必ず二になるとは限らない。
アニメーターはそんな理不尽な事もままある。技術と共にアニメーターは忍耐力も必要なのだ。

ふとテレビを見たらテリー伊藤が、「挨拶なんて出来なくたっていいんですよ、そんな事よりもその人間の良さを見つけ出してやるんですよ。」と怒鳴ってた。
そんな他人任せの棚からボタ餅の世界があったら、みんな楽でいいだろうな。

さて明日の雑草プロには、どんな刺激が待ってるのやら。