闇に隠れたいわく付き物件

                                                                                                           2022/05/02





俺には時々刺激の強い出来事がやってくる。今回もそんな話だ。

俺が昨年まで住んでいた集合住宅は「いわく付きの物件」だった。
最初に断っておくが、幽霊が出るとか、自殺者があったというような物件ではない。 生の「怪しき隣人」の多い集合住宅だった。

そこは都内某所にある庭付きのテラスハウスだった。
近くには公園もあり、家賃も安かったので長年そこに住んでいた。俺があの赤村プロに再び戻って、新人を育成する時に引っ越してきた住居だった。赤村プロと区は違ったが、自転車で通える場所だった。
住人は殆どが高齢者で、子供は数えるほどだった。
話を進めるうえで、ここを仮に「怒り大テラスハウス」と呼ぶことにする。

この怒り大テラスハウスが変だと感じたのは、隣の住民だった。六十過ぎの夫婦が住んでいて、引っ越しの挨拶回りに行くと、奥さんがこの建物の 自治会長をしてるという。(当時)
見た目は面長の顔で、桃屋の江戸むらさきでお馴染みの「三木のり平」を女にしたような風貌だ。
ところが、この「のり平おばさん」が曲者だった。こちらは 新参者だから気を使って敬語で話しても、のり平おばさんはこちらに対しては、偉そうにタメ口のオンパレード。そのうえ何かと指図する。
庭に物ひとつ置くにも指図する。洗濯物ひとつ干すにもケチつける。「それがここの規則だから。」と、とにかくやたらと規則を連発する。

建物の左隣がのり平おばさんなのだが、右隣に住む家がゴミ屋敷…庭全体が大量の家電製品で埋めつくされ、それに青いビニールシートが何枚も被せてある。ところが、その家は一切おとがめ無し…

そんな口うるさいおばさんだと思いながらも、こちらは新参者だからそれに従っていたが、しばらくすると妻が変なことを言いだした。
妻「ここの住民は怪しい人が多いよ…」
俺「何が?」
妻「ここにはいろんな人が出入りして、住民じゃない若い怪しそうな人が出入りしてる。」
俺「何かされたわけじゃないんだったら、あまり気にすんなよ。」
この当時に俺が真剣に話を聞いてやれば良かったのだが、当時の俺は赤村プロで新人育成のため帰宅はいつも深夜。
いつも「気にするなよ。」の一言で済ませていた。

変な出来事があったのは、しばらくしてからだった。テレビを買い替えて、古いテレビを区の行政に引き取ってもらう事にした。午前中に粗大ゴミとして区に4000円払ってテレビを引き取ってもらった。
ところが、午後にそのテレビが家の玄関先に置いてある。長年使ったテレビだから間違えるはずもない。キズや壊れた箇所も全く同じ…
俺の家の玄関に戻ってきたという事は、また処分しなくちゃならない…
ということは、また処分するのに4000円払わされるのか、そんな事が頭の中によぎった。
驚いて区の職員に電話すると、困惑しながら「あり得ない事ですねぇ…」と繰り返すばかり…

そんなやりとりの最中に眼鏡をかけた若い男が近づいて来た。
男「それは俺が運んだ物だけど。」
事情が飲み込めない俺は、区の職員との電話を一旦切り、その男に事情を説明。
すると男は「お宅の勘違い。」の一点張り。頑としてそれを認めない。
俺「いや、これは俺が粗大ゴミとして、区に引き取ってもらった物に間違いない。」
男「いや、絶対にお宅の勘違いだ。」の堂々巡り…
俺「じゃあ、テレビの全面ボードを押してみればわかる。片方のフックが折れているから、ボードカバーが全面に落ちるはずだ。」
男がボードを押すと、俺の指摘した通りの結果になった。決定的な証拠に男は少しうろたえたが、それでも単なる偶然だと高飛車に言い張る。

そんな騒ぎに隣の旦那が玄関ドアから顔を出した。あの「のり平おばさん」の旦那だ。
すると「それは私の物です。」と言ってテレビを持っていってしまった。
唖然としながらも気を取り直した俺は、隣の旦那を玄関先まで追った。そして「それは私の粗大ゴミです。また4000円払わされるのは嫌ですから。」と言うと、「それは私が払います。」と言ってドアを閉めてしまった。
何が何だかさっぱりわからなかった。とりあえずは再び4000円を支払う事はない事に安堵した。気が付くと怪しげな若い男はいつの間にか消えていた。

家に戻って冷静によく考えてみた。午前中に廃棄物のシールを貼って無くなっていたのは確実だ。
そうなると俺のテレビは、区の職員が横流ししたか、盗品にあったのかは定かではないが、どちらにしろまともじゃない事があったのは確実だ。
たぶん運んで来た男が隣の家と間違えて、俺の家の玄関先に置いてしまった。その騒動に隣の旦那が気付いて出てきた。そして慌ててテレビを持っていった。隣の旦那が盗品に絡んでいる事は明白だった。

当時、自治会長をしていたのり平おばさんの旦那が絡んでいたので、問題が大きくなるのを避けて、この事は誰にも話さなかった。
しばらくして、知り合いの新聞記者に話したところ、当時この近くに車も含めて盗品を東南アジアに売りさばくアジトがあったと聞かされた。ゴミ屋敷とのり平おばさんの家族との関係があるのかどうかはわからないが、気分はいいもんじゃなかった。

妻が当初言っていた怒り大テラスハウスの「怪しい人達」の意味合いが少しわかってきた。俺と違って一日中家にいる妻は、いろんな意味でそれを肌で感じていたのだろう。そして妻は怒り大テラスハウスの見えないプレッシャーに徐々に怯えていく。
後に「怒り大テラスハウス」の、よそ者を受け入れない悪しき「村社会」が存在する事も徐々にわかっていく。

気味が悪かったのは、建物の入口近くに「幽霊」みたいな女が住んでいたことだ。
歳は30過ぎだろうか、いつも年齢にそぐわない派手な服装で表情は無く、まるで能面を被ったような女だった。
母親と一緒に住んでるらしく、こちらが挨拶してもいつも挨拶は返ってこない…
それどころか、何故か俺達家族に敵意剥き出しの行動をとる。
建物の通路ではち合わせしそうになると、敵意剥き出しの表情でクルリと回転して逆方向に逃げて行く…
俺が会社に行こうと玄関に出ると、ギギッという微かな擬音と同時に人の気配がする。辺りを見回すと、能面女の家のドアが少し開いている。そしてドアの隙間から誰かがこちらの様子を見ている。おそらく能面女だろう。そんな不気味な事が度々続いた…

そして能面女は暗くなると建物付近を徘徊する。俺達家族と遭遇すると、不快な態度で逃げて行く。覗き見といい行動が普通じゃない 。こちらはこの女に恨まれる覚えはないし、話した事もない。
ひょっとしたら、この女は病気で変なのだと、そう理解した。それは妻も同じで気味悪がっていた。

時が流れ、俺の右隣の家族が引っ越して、そこに能面女の弟が引っ越してきた。ある日曜日の午前中に家を出たら、能面女の弟であろうと思われる男が、能面女の玄関で座り込んでいる。頭を抱え込むように下を向いてしゃがみ込んでる。気にしないように通り過ぎて、用事を済ませて家に帰ってきた。
すると、その男はまだ同じ態勢で座り込んでいた。何時間もだ。そそくさと家に入ると南から、これから娘を連れて遊びに来るという電話があった。
しばらくすると、自転車で南が来たようで、外から幼稚園児のなつくちゃんの声。
「おかあさぁ~ん、変な人が居るけど気にしないできてねぇ~!」大声で叫んでる。
マズイ、本人に聞こえてる…少し焦った。
何事もなかったが、幼稚園児の子供って正直だから仕方ない…ヒヤッとした出来事だった。

俺も妻もこの家族はあきらかにおかしいと判断していた。向こうがこちらを拒否するなら仕方ない。挨拶はあえて控えよう。そう思ってた。
ところが、能面女の母親が俺に苦情を言いに来た。「お宅の奥さんは挨拶もしない!」と…
自分の娘は覗き見や、こちらに敵意剥き出しで不気味な行動をするくせに、理不尽な抗議だった。息子もまた似たようなもんで、幼稚園児にさえ怪しまれる始末…
もし俺がこの理不尽な抗議にキレてしまうと、俺は徹底的にやってしまう性格。過去にも反社の人間とも裁判で戦ってきた。だが、まともじゃない人間にキレても、労力と時間の無駄になるだけ。俺の方が謝って事を穏便に済ませた。

その後も能面女の覗きと徘徊は続き、その能面女が今度は別の不審な行動をするようになる。何を考えてるのか、この集合住宅の入り口付近に立つようなる。長い時間ずっと無言で立ってるのだ。
それがしゅっちゅうで、妻はまた理不尽な抗議を恐れて、この女を恐れ関わらないようになる。能面女と遭遇しないように遠回りして別の出入口を使うようになっていった。
それでもたまに会ってしまうが、能面女の態度は敵意剥き出しの行動は変わらなかった。不思議な事に、それは俺達家族だけであって、能面女は他の住民とは普通に親しく話してる…

怒り大テラスハウスでの不可解な事はまだまだ続く。
のり平おばさんは機嫌が悪いと、こちらが挨拶しても挨拶が返ってこない。いつも上から目線のタメ口で、私の方が上だとマウントを取ろうとする。旦那が盗っ人の一味なのがそんなに偉いのか。不思議なのは、こちらの個人情報が漏れたり、住民の敵意を肌で感じるようになっていった。

一番驚いたのは、俺達家族の自転車の真下に猫の死骸が置かれていた事だった。
最初はあの赤村プロを疑った。だがこの建物の住民にも変な人間が存在するのも事実。ひょっとしたら、ここの住人達の怪しき生業を感付づいてしまった脅しだったのか、今もってわからない。猫の死骸は区に連絡して引き取ってもらったが、気味の悪い出来事だった。

相変わらず高飛車なのり平おばさんと、能面女の無言のプレッシャーに妻は徐々に心を病んでいった。妻はテラスハウスの自治会にも参加しなくなり、年に一度の年末の大掃除にも行かなくなった。
仕事であまり家にいない俺でも、怒り大テラスハウスでの「部外者感」を感じていたのだから、家に居る妻はもっと感じていたのだろう…
それでも楽観的な俺は忙しい事もあり、妻には「周りなんか気にするな。」の一言で済ませていた。
そんな事をいちいち抗議してたら、能面女の母親と同じだし、それよりもここの自治会にまともな話が通じるとは思ってもいなかった。
能面女の不可解な行動はその後も続き、ドアの隙間からこちらの様子を覗いたり、建物の入口の玄関に無言でたたずむ姿をよく見かけた。建物の近辺で俺とすれ違いそうになると、ユーターンして反対方向に逃げて、途中で振り返って睨みつける事もあった。
この怒り大テラスハウスはどこかおかしかった。住人の結束は強固で、特におばさん連中の村社会的な結束は恐ろしいぐらいだった。

このおばさん連中の仲間に、目と鼻の先に駄菓子屋をしている老婆がいた。ところがこの老婆もクセ者だった。
駄菓子を買いに来る子供の金を搾取する癖を持っていた。子供達のお釣りをごまかしたり、中にはお釣りを渡さなかったり、その手口は酷かった。俺の娘も小学生時代に被害にあった一人だった。
ある時、娘が泣きべそをかいて帰ってきた。訳を聞くと、その駄菓子屋でお金だけ取られて買い物ができなかったらしい。一緒にいたYちゃんの証言。
Yちゃん「酷いんだよ。ちゃんと100円置いたのに、おばさんがその上に座っちゃって、お金を貰ってないと言うの。だからみんなで、おばさんの座った下にあるよって言っても、無いよ!って言って動こうとしないの。だからみんなで何回も言ったら、無いって言ったら無いんだよ!って怒りだしたの。だから恐くなって帰ってきたの…」
別の友達「あのおばさん、よく女の子のお金をゴマかすのに、気に入った男の子が歩いてると、5円あげるからおいでぇ~って手招きするの。ホント気持ち悪いの。」そんな証言まで飛び出した。
さっそく小学校に連絡したが、その話は有名で他の親御さんが抗議に行った事もあったらしいが、証言が子供の事だからと、結局ウヤムヤに終わってしまったらしい。
その後、子供達の間で「ロリコンエロばばあ」との噂が広がり、エロばばあの駄菓子屋は店を閉ざしてしまった。そんなおばさん仲間がいる地域だった。

相次ぐ不快な出来事が続き、そのうち妻が「監視されてる…」と言いだした。
怒り大テラスハウスの怪しき生態と、能面女の家族の不気味な行動が、いつしか妻を孤独に追い詰め、妻の住民と能面女に対する怒りが爆発した。
いつも能面女がたたずむ南口玄関の鉄格子の柵を蹴って壊してしまったのだ。
そうなると案の定、俺達にに対するおばさん連中の誹謗中傷は半端じゃなかった。待ってましたとばかり嘘の情報が飛び交い、挨拶どころかシカトの連続。オマケに妻が扉を蹴る様子を携帯で盗撮していたらしく、その動画が拡散された。拡散した人間はのり平おばさんだった。

心に劣等感を持つ人間は同じような人間と徒党を組む。そしてコロニーを作っておとなしい人間の上に立とうとする。怒り大テラスハウスはまさにそんなコロニーだった。
中には普通でまともな人もいたが、特におばさん連中と能面女は恐ろしかった。
だが理由はどうあれ、妻が扉を壊したのは事実だし、扉の弁償は避けられない。弁償を了解したものの請求してきた金き額が法外だった。
扉は一部が壊れただけなのに、メーカーが単品の部品だけは売らない。扉ごと全部取り替えないと対応はしないという。
怒り大テラスハウスでの反社の人間模様や幽霊女の出来事など、俺は全て自分の胸にしまって引っ越すつもりだったが、法外な請求額に腹が立って全てをぶちまけた。
妻がこうなった原因の一部には「怒り大テラスハウス」の住民の責任もある。そこでまともなテラスハウスの人に全てを話した。相手は自分の知らない闇の出来事にビックリしていたが、弁償額を交渉して、約七割をこちらが負担するということで話がついた。

未だ都会の一部には、よそ者を受け付けない「村社会」がある。一部の支配者がコロニーを作り、肌が合わない人間には精神的にジワジワ追い込んで喜び合う。
だが、こういった人間には必ず報いが来る。俺に理不尽な抗議をした幽霊女の母親は、旦那に先立たれ、今では歩くこともままならず、杖をついてヨロヨロ「牛歩戦術」で歩いてる。さあ次は誰だ。「笑うセールスマン」が訪ねて行くかもしれない。

未だ「回覧板」が存在する「怒り大テラス」のような悪しき集合住宅は、まだ都会のどこかに存在するだろう…
…皆様くれぐれもご用心。